感想置場。たまにひとりごと。
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Fri
2010.02.12
23:28
 
PSPソフト「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST 約束の日へ」が発売されるそうです。発売日未定。

>『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』を忠実に再現した本格RPGが登場!

原作ではなくわざわざFAを忠実に再現、ということは炭鉱話がなかったり(後にヨキの回想シーンで補足)順番入れ替えだったり、最初の時点でアイザックが出てきたりするんでしょうかね。まさかこのゲームのためにコーネロ巨大化があった、わけないか。
何にしろ購入予定です♪ まあ「背中を託せし者」は購入したけど手をつけてないけどな。
予約特典は何かつくんでしょうか。Wiiソフトの特典が、最初に出た「暁の王子」がハードカバー冊子だったのに対して、次に出た「暁の少女」の予約特典の冊子がペラい紙質だったことには笑わせていただきました。あからさま過ぎだぜスクエニさんよう・・・。
こういうのは何事もFAの人気次第かもしれない。だからFA好きは盛り上げようね。他のFAグッズ(お菓子とかカードとか)は買う予定ないけど。

ということで、原作本編ネタバレ感想です。
途中で都合の良い妄想してるんで注意。たまに解釈間違いしてたりします・・・orz
ということを前提に。

 

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第104話 「世界の中心」

今まで散々ジュブナイルだのなんだの言われてきましたが、なんか普通に少年漫画だなあと思ったのが第一印象です。ジュブナイルなんかにならなくてもいいから、親子の推薦図書にもならなくてもいいから、燃えさせてくれ!無駄に熱い展開が欲しい!と思っていたので、ここでようやく燃える展開が来たって思うの私だけでしょうか。中二病なんで、何も考えずにめちゃくちゃ燃える。まあ微妙に、どこかで見た(読んだ)話のオンパレードだなとは思ったが。見た感じがソウル・イーターの鬼神を思いだして仕方なかった。主題歌は「甘き死よ、きたれ」か、とか。エヴァと違うのは、人類補完計画と言う名で「私あなたたちの ために やってるんですよ」と自分のためにしかやってないものを全部人のせいにしたキモチワルサが、鋼ではいっそ自分のためになってて清々しく感じた。

魂が抜き取られた住民たちの姿を見て、なんだか椎名高志著「GS美神極楽大作戦!!」のアシュタロス戦とか思いだしてしまった。アシュタロスによって魂を引き裂かれる美神。でも肉体が生きてるから病院にぶちこんでなんとしても生かさせろ、可能性がちょっとでもある限り諦めるな(美神令子を倒すのはこの私)~的な台詞をこの作品のメインキャラの一人小笠原エミが嘆く横島に喝を入れていたのをとてもよく覚えています。

燃える一方で冷静な私もいるので、今回の話にいろいろと疑問がわいてしまった。
そもそも世界の中心とは言ってもアメストリス国内の中心であって、まだまだ地球全てじゃないような気がしないでもないんだが。アメストリス国外でも何らかの影響があるということ?それともかつてのクセルクセスのように近隣国はなんともない、ということ?逆に恐ろしく世界の狭さを感じてしまったり。

そして、地球と言う惑星=神であり、そして、形あるものとして描写されたのが意外でした。太陽神レトのような者なら<存在しない>かもしれないが、地球そのものとすればまあ確かに存在するよなあ。

この場合神とは文字通りカミサマではなく、情報媒体の総合という意味合い。簡単に言えば、地球上のありとあらゆる人々全ての脳に記憶された情報を記録媒体(一昔前はビデオだったんだが、DVDやBDといったもの)に録画した上で保管する図書館としての役割なんだが、そういうのは他の漫画なり小説なりでなんか読んだことある気がする。鋼の場合はその図書館そのものを<ひとつの生命体=神>に見立てているのかな。例えば「全は一、一は全」・・・人間ひとりの記憶を寄せ集めれば全ての記憶を持つ神に等しい。ひとつの生命体に見立てているのであれば、扉が開いたのもなんとなくわかるような気がするけど、最初見た感じではいきなり今まで明確に存在していなかった神が出てきたみたいでびっくりでした。システムでしかないのなら、意思があるはずはない。それが両立してしまう違和感もあります。地球は生きているというのは分かるが、システムだなんておっそろしく客観的にしか見ていないんだなとも思った。

大勢の人間の魂を寄せ集めて作られた賢者の石は、言ってみれば神様の出来そこない(エネルギー体でしかない)みたいなものなのかしら。クセルクセスで出来たことと言えば、フラスコから出ることでしかなく、<膨大な宇宙の情報を記憶するシステム>は得られなかった。各個人固有の記憶しか持ち得ていないからだ。となるとクセルクセスの住人の知識では不十分であり、今度はさらなる人の魂を取り込む必要があった。そしてもっと先には、全ての人の記憶の集合体である地球というシステムそのものを手に入れたい・・・欲がどんどん膨らんだ結果、こうなりました~みたいな感じがする。
幼いエドが人体錬成を失敗したあの日、「間違っていたのは俺たちだ」そう解釈しなかったのがフラスコの中の小人だ。

クセルクセスの悲劇再び。
あの場合と違うのは、術の中心にいるのが一人ではなかったということ。
そして、倒れた人たちの描写にもある。
19巻第75話「クセスクセス最期の日」68ページにおいて、ホーエンハイムは倒れた人間の首の脈を確認している。得られた結果は、死。
ところが324ページにおいて、今回倒れたアームストロング少佐だったり北軍メンバーだったりグレイシアだったりのコマでは小さな「ドクン」という音が確認される。鼓動があるということは、肉体は生きているということ。
まず今回の話を読んでいて気になったのは、この両者の差です。クセルクセスの場合は、一度空に伸びた黒い手が術の中心にいたホーエンハイムやフラスコの中の小人に跳ね返ってるんだよね。今回は「神」の黒い手と結びついた上で、その下で爆発らしき描写がある。
解説本が激しく読みたい。

クセルクセスの住人の魂というエネルギーのみで出来たことは、器を作り、それを保つこと。
今回は扉がぶつかり合うエネルギーによって扉を開け、尚且つ「神」の扉をこじ開けて取りこむ。アメストリス住人の魂というエネルギーは、やはり器を作り保つこと。記録媒体の容量がデカイから、再生するのにそれ専用の何かが必要ということかしら。ブルーレイディスクを見ようと思ったら、今までのDVDデッキではなくブルーレイディスク専用デッキが必要で、パソコンで見る場合容量が足らなければ外付けブルーレイを取り付けることすらできず(フリーズするから)、結局新しいハードを買わなくちゃならん、とかそういうこと?

さてここで、鋼世界における「死」というものの概念を整理してみる。
(我々の場合は、心臓が止まったときが「死」。脳の活動が停止した場合を「死」とするかどうかは議論されている)

・この物語内で<完全にお亡くなりになったキャラ>としてあげられるのは、ヒューズ、トリシャ。
・<生きている>とされるのが鎧に魂を定着された者たち。
考えなければいけないのが、アルの場合は扉の前にたたずむ肉体が存在することであり、バリーの場合もまた他の動物の魂が入れられた状態で存在していたこと。
・おまけ)人間ではない器・・・人体錬成されて出来たモノは単なる器
・更におまけ)非常に曖昧・・・クセルクセス人の魂はキャラによって解釈が分かれる

鎧に魂が定着された状態であっても、人間の定義が広いエド(と読者)は人間だと解釈する。
生きている人間の定義は肉体が生きていて、精神で繋がった魂が存在すること。ならばこの一連の死んだかのようなシーンは、小さな鼓動が聞こえている以上(あれは本人たちの鼓動だろう)肉体は生きている。魂はお父様の肉体の中でひとりひとり生きたまま存在するのだと考えれば、まあいくらでも復活の方法はありますね。復活しえないとすれば、賢者の石として<使われた>場合か、あるいは肉体そのものが滅んだ場合。

魂はない状態でも生きているかどうか、我々の「普通の常識」を漫画に当議論が分かれるところだと思います。
ただ鋼の世界では、鎧に魂が定着された者の存在という免罪符(肉体から魂を取り出す技術)がある。肉体は他の魂が入っているだの生きてる人間と精神が混線してるだので存在し、生命活動を維持している。
そして、ホーエンハイムが自身に取り込まれてしまった魂と「会話した」と言っていること。
死んだ人間は生き返らないのが真理だとエドに語らせていること。

魂はそこにありさえすれば、肉体が活動を維持しているという条件付きで、復活はありえる。
復活しえないのは、魂だけの場合。
この世界における死は、魂がここには存在せず、肉体もまた生命活動をしていないこと。
よって、鼓動が確認される以上「生き返る」と表現するのは鋼の世界観内では妥当ではない。

「人間の定義が広い」ので、魂だけで肉体がない状態であっても「使わせてもらいます」と相手を敬うのがエドとホーエンハイム。リン曰く「化物」エンヴィー曰く「エネルギーとして消費されるだけの存在」と言っているので、肉体のない魂だけの状態になって初めて人か物体かの解釈が分かれる世界観だ(なのでとても曖昧)。


今までの鋼を読んでいたら、ここは生きていると解釈したほうがいいと思った。
死んでも何かのアイテムで生き返る、そういうのではなくて、まさに今この場面で賢者の石・・・エネルギー体となった住人達が目を覚ますことに説得力を持たせるために、今までの描写の積み重ねがあったように思う。それが良いと解釈するかダメだと思うかは別にして。


ただ、かつて主役キャラが「死者は生き返らない」と明言したことで、かえってこの場面が曖昧な解釈が出来るように思う。ぱっと見た感じでは死んだかのような描写だし。なんでクセルクセスの住人達の脈はなくて、アメストリス住人の鼓動が聞こえるのか~だとかもまだ良く分からない。ということは、今回の錬成は成功であっても不完全ということなんだろうか。
分かりやすさを信条とするアニメはどういう表現をするだろうか。楽しみです。



膨大な記憶を有する生命体・・・言わば、擬人化すればただ見~て~る~だ~け~の傍観者にすぎなかったともとれる神を引きずり落としたフラスコの中の小人。この漫画で神といったら「まるで神への祈りじゃないか」の13巻がまず思いだされる。
普通に疑問に思ったのが、神をわざわざ堕とすだなんて、結局は人にあこがれたままなんだなということ。人の姿のままで、神になってしまった。
それで世界を手に入れて、神も人もとりこんだフラスコの中の小人だったものは、結局何をしたいんだろうね。
人と言う字は人が支え合って出来てるんだよ、人間は一人では生きられないんだよ、というお説教で終わる予感が激しくする。
フラスコの中の小人は、ある意味たった一人のまま生きようともがいてるように見えた。

私はてっきり、こういう事態に陥る前に決着がつくと思ってた。

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テーマ * 鋼の錬金術師 ジャンル * アニメ・コミック
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