感想置場。たまにひとりごと。
http://kagirinakumugen.blog107.fc2.com/
--
--.--.--
--:--
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
編集[管理者用] このページのトップへ

 

Thu
2009.08.20
22:28
 
いろいろと思うこと。
 

more

アニメは入江版は原作と同じ物語構造をしているけれど全然違う話(キャラ解釈が原作と違う)だと思ってます。楽しめているのかと問われれば楽しめています。が、エドに全然感情移入できない。20話が決定打でした。めちゃくちゃ吐いてトラウマになってたけど私が受け取った意味合いが原作と微妙に違ってた。

原作を読んで、あのシーンは人体錬成されていたものが母親であるかどうかの確認であることから、エドはあれが母親であるということ前提で、母親の記憶があったので吐いていたのかと思ってた。もちろん錬金術師としてのサガも持ち合わせていたので、彼はひたすら過去の自分と対面しなければならなくなっていた。過去の、人が生き返れば皆喜ぶと思っていた無邪気で浅はかな自分と。いろんな気持ちがぐるぐると渦巻いている、そんなシーン。

なのに入江版では2話の母親との回想はほんのちょっとで次のシーン、5話ではかあさんを化け物として夢で見ていて、あの時点ですでに死んだ母親と人体錬成した者は別だと割り切っていたんだから、今さら「おれもだよ」って??・・・てな風になったりとか。お前は母親の笑顔が見たかったんじゃないの?という。トリシャファンとしては納得いかないのですよ。

ここあたりの描写は、勝手に生き返らせようとしてしまったと母親に対して悪いという感情ではなく、むしろタッカーのように錬金術師として可能性を確かめてみたかったことがメインだったというように解釈しています。人体錬成された者を見た結果、彼は自分がやった行為そのものを直視することになる。試した結果しっぺ返しをくらったので、彼はそのことを悔いているのだ。しっぺ返しとは、弟の身体が鎧になってしまったこと。
彼の目的は自分や弟が元の肉体に戻ること、それが分かりやすくなっている。

もっと言えば、他者に対する感情ではなく、自分の気持ちに向き合う行為になっていた。

入江版は描写の積み重ねやそれにともなういくらでも解釈できる曖昧さが誤解を防ぐために(鋼FAオフィシャルガイドブック監督インタビュー参照)まるっと排除されています。入江版として(これが原作の正式な解釈だとは言ってほしくない)、伝えたいことは常にまっすぐ示されている。
公式ガイド見てなるほど、と。

鋼って<割り切れない想い>がさまざまなキャラを通して描かれていると思っているので、割り切られた時点で何かが違う・・・例えばAなのかBなのか、後で答えが判明しても、それまでの曖昧さって結構大事だと思ってる。
それが「鋼」に感じていた<重み>だった。
だからこそ鋼ファンになったわけで、それがないと私にとっての「鋼」ではなかった。

確かに分かりやすい。原作既読であるからこそ成り立つ部分でもありますけど。
(ナレーションに答えを言わせなくなったのは良い傾向)
逆に、それがゆえに軽く感じてしまい、これが最初に鋼にふれるのであれば、前回ほどはまっていたのかしら、と。

私は水島版ファンです。
でも、同じくらいに原作ファンでもあります。もっとも馬鹿なのでだらだらと無駄に長い文章ばかり書いてしまい、下手の見本ですけどorz

それでも、水島版で鋼を知って、原作を知って、その上で入江版を見ることができたのって、その順番だからこそ今の私がいられるとも思ってます。逆にそうでなければ全部を楽しめていられたのだろうかと、ちょっと怖い。

FAの何が良いのかというと、原作既読だからこそ、ある程度物語を俯瞰して見られるということ。
細部に渡って注意を払えるということ。粗さがしというのかもしれないですね。でもちょっと違う。例えば上記のつっこみ部分にしても、これが最初だったら気付きもしなかったと思うんです。毎週毎週見るだけでは気付かない何かを、なんだか既に何度もループして見たかのようにも見ることができる。鋼は既に一度アニメ化されていて、また新たな監督でアニメ化されて、原作を別視点で何度も楽しめるって、それ事態が素敵な事だ。監督インタビューとか読むの大好きなんですが、作品には想いが必ず込められています。考えの違い、作品への接し方の違い・・・受け取り手としてはただただ見ることしかできませんが、「違い」そのものを楽しむことができるんです。全部の鋼を知っているからこそ。

アニメ版それぞれに対して、今はなんだか舞台の演目のようにとらえています。

それに、先日発売されたFA公式ガイドブックの監督インタビューに水島版1クール目OP「メリッサ」とシャンバラの原画に参加していることをやっと!答えていらして嬉しかった。もちろんアニプレックス等の製作の思惑も絡んでいるのでしょうが、やっと水島版の影をなかったことにして逃げるのをやめたんだと思った。比較されてしまうことに対して、だからこそ応援しようとは思いません。それは当たり前のことで、分かって引き受けたハズ。ならばこちら側が出来ることと言えば、誠意を持って見ることだけだ。おかげで私の中で対等になりました。良かった。


原作派だとかアニメ派だとか、原作準拠だから、あるいはオリジナルだからどうだとか、そういう次元の話にとどまらない、何か解釈してやろう、読みとってやろう、読み(見)続けてやろう、というパワーのある作品にアニメ鋼がなっていけばいいな。
スポンサーサイト
テーマ * 鋼の錬金術師 ジャンル * アニメ・コミック
Trackback(0) Comment(0) 編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Comment

 

 Secret?

 

 

 

 
Copyright © 2017 Blauer×Himmel, all rights reserved.
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。