感想置場。たまにひとりごと。
http://kagirinakumugen.blog107.fc2.com/
--
--.--.--
--:--
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
編集[管理者用] このページのトップへ

 

Wed
2009.06.24
20:17
 
今回のカーティス夫妻を見て、生きてるんだ!!とすごく嬉しくなってしまいました。
シャンバラでイズミさん死んじゃってたから・・・
今回の話で兄弟は大いなる命の流れを学んだように、なんだか生きていること自体が嬉しい、そんな感覚になりました。声も一緒だったし!

こんな感覚に浸ることが出来るのも水島版があったればこそ。今回の話で原作準拠ともいえない(だけどオリジナルともいえない)路線に入りましたが、むしろパラレルワールド(シャンバラを直後に見たことに由来)みたいで面白かった。

 

more

非難GOGOなのは水島版よりはマシですが、やっぱり最初のバレにあった「原作準拠」という話が先行してたからかな、と。正直オリジナルだと楽だという意見には「はあ?」ってなりますが(苦笑 私は二次創作すら出来ない頭の悪い人なので、オリジナルで「鋼」を描いてしっかり「完結させた」水島監督を尊敬してる)、むしろそのことによって自分たちの読む「鋼」はこうなんだ!!と思いっきり見せつけられたほうが毎週わくわくしてテレビの前で待ってられます。先の展開を知らない、そのわくわくさはなくても、別の解釈も見せられるかもしれないわくわくさ、というか。


リアルタイムでは見れないのが非常に残念。
いつか鋼FAのため だけ に休みをとってテレビの前に鎮座するんだ。

原作を知っている場合、他人が作品のあらすじを読むよりも、ここが面白いんだよ!ここが素敵なんだよ!と言ってるほうが私的に聞いてて「面白い」。それではまるかどうかは別問題ですけど。
あらすじを読んでるときは力が抜けてるけど、面白い!と語るときって自然に力が入ってくるんじゃないかな。水島版はそういう作品だと思ってます。後半はオリジナルだから楽に作られたわけじゃない。むしろ力が入ったことで生じる熱すら感じる。そして行きすぎて妙に力が入りすぎてる部分もある。私はそこが大好き。

FAは、最初は力の入り加減が分からなかった。例えばスカー戦。原作どおりに進めていって、どこに力の比重が置いてあるのか分からなかった。機械鎧の破壊シーンでは、主人公の恐怖が感じられなかった。「生きてる」が一番力の入りどころなのかと思いきや、直前のギャグでごまかされてしまった。アニメでやりたいこと、伝えたいことは、原作のギャグなのかなとすら思った部分。今にして思えば、直球でテーマを語ることにためらいがあったのかもしれない。この場合テーマとは原作者の伝えたいそれというよりも、原作を読んだ上で監督が伝えたいそれのことです。アニメは原作者が作るものではないんだから、違いが出て当たり前。原作付アニメで何が楽しいって、その違いの部分だったり。

それがだんだんとアニメで何を伝えたいかが本編で描写されはじめた。
食物連鎖に絞られた「一は全、全は一」という大いなる流れの中にあって、母親の死に兄弟は何も出来なかったのは当たり前のことだと語られた。そして人体錬成をするということは、大いなる流れを無視する行為だから失敗することも。だけど、兄弟は母の死で何も出来なかったことについても、人体錬成してしまったことについても、無理し続ける必要はないんだよ・・・

初めて分かりやすくテーマを本編で描写した。そしてリオールやスカー戦のように原作のページを順番に綺麗にまとめるのではなく、原作で語られた内容が綺麗にまとまってる。
原作での意味は本来どうだ~というのをひとまず横においといて、12話はそこが良かった。


やっと熱が入り始めた。オリジナルで鋼の面白さを語った前作と同様に、やっと監督が「鋼」の面白さを語り始めた。監督のブログに「再開」とかあって意味深だったけど、私にとってもやっとアニメ鋼が始まったという気になってきた。

うん。面白くなってきた。

ギャグはちょっとやりすぎだって思うけど。やりたかったんだろうなあとは思うんだけど、いかんせんギャグの使い方がイマイチなのはもうどうしようもないかも・・・
スポンサーサイト
テーマ * 鋼の錬金術師 ジャンル * アニメ・コミック
Trackback(0) Comment(2) 編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Comment
 

こんにちわ
水島版鋼と出会ったのは6年くらい前でしょうか
ちょうどガンダムが最終回に近づきつつある中で番宣CMが流れてたんですがその時はエドが地面から槍を練成するシーンだけ流れて「ふ~ん・・槍で戦うのか・・珍しいな・・」
と位しか思わず期待してませんでした
そして第一話放送の日
目を疑いました
まだ年端も行かない少年の足が失うシーンがいきなり流れて声も出ませんした
当時12歳だった僕はアニメでしかも夕方の全国系のネットでここまでグロテスクなシーンに衝撃を受けました
そして「人体練成の出来損ない」つまり後のスロウスの原型が映し出されたときは続けてショックでした
たった数分でここまで引き寄せる力は今見てもものすごいと思います
ところ変わって数年後
砂漠でうだるエドワードが歩いてるシーン
鎧のアルフォンスが埋まってるシーンや水を求めて走り出すコミカルなシーンなど冒頭とのあまりのギャップに驚きました
「これは一体どんなアニメなんだろう」と
そしてリオールでの物語
錬金術の説明は正直初見ではあまり理解できませんしたが
教会で人の構成成分を言っていくエドはただ猪突猛進な熱血主人公(少年漫画にありがちな)とは違うことも新鮮でした
そして疑問に思ってた「足なくなったんじゃないんだっけ?」
という疑問はキメラとの戦いで義手だということで納得しました
そして何故アルが鎧姿なのかという疑問です
これは最初はあの冒頭のグロテスクな生き物がアルだと思っててアレが中に入ってるんだと思ったら
中身は空っぽということにまた驚きました
「え?じゃああのグロいのなんなの!?」と思いました
そしてクライマックスのシーン
腕を噛まれながら
「よく見ておけ これが 人体練成を、神様の領域を侵した、咎人の姿だ!! 」
と言ってコートを脱ぎ捨てる・・・
痛々しく金属と肉がつながりあったオートメイルをつけたエドの姿は圧巻でした
正直いいます今まで見てきてここまで引き込まれるシーンはありません
そしてコーネロに「禁忌」といわれたその姿で大見得を切った跡にあのopが流れてきて最高の演出でした
特にイントロのオートメイルだけが映し出される場面
これはあのラストにもってきたから絶大なインパクトになったかと思います
今でもこの一話は忘れられません
あと「禁忌」と言われているのは僕は当初オートメイル自身のことかと思ったんですがもっと深い理由だったんですね
てっきり宗教的に機械文明は忌避されてる社会(FF10のアルベド族みたいな)かと思いました
こういった1話で「!?」と思う謎をだす演出は今見ても旨いです
(尤もこれは荒川先生の功績ですが)
余談ですがこの日僕はビデオに撮って後からみたのでラストにopがきたので一時間スペシャルだったのかと焦りました(笑)

かなり長い駄文になりましたが僕にとってハガレンの出会いはかなりインパクトの強いものだったということを知ってほしいです
どうにも入江版は原作に忠実しすぎてインパクトがなく残念な気がします
1話のアイザックに腕を凍らせられて腕が露出する場面は演出的にも面白みもインパクトもなく
新規の人は大して印象に残らなかったんだろうなと思います
10代前半の頃に水島版に出会えた自分は幸運だと思いました

NAME: | 2009.06.25(木) 11:08 | URL | [Edit]

 

Re: タイトルなし

こんにちは。

長文オッケーですよ。とても興味深く読ませていただきました。

ていうか、水島版1話の感想が私もほぼ一緒です。仕事だったのでリアルタイムではありませんでしたが、1話は放送当日に見ています。

>10代前半の頃に水島版に出会えた自分は幸運だと思いました

この言葉がすごく嬉しいです!
私も、10歳で出会ったアニメで未だに大好きな作品があります。オタクがどうとかはさておいて、何かひとつ大事なものができるってとても素敵なことだと思ってます。


原作通りであるかどうかではなくて、物語に引き込ませる「力」・・・演出は水島版1話は凄かったですよね!後半のオリジナル展開に賛否があったとしても、ならどうして未だに前作の存在が語られてしまうかというと、やっぱり第1話で視聴者(それも初めて鋼を知るような人たち)の心をがしっと掴むようなインパクトのある演出力だったと思ってます。

つまり、監督なり脚本家が原作第1話で何を見せたいか(禁忌の存在と、それが故に機械鎧と鎧の肉体になったということ)がはっきりとしていた。物語の構成自体はいたってシンプル。だからこそインパクトある描写になったのでは。コーネロの「鋼の錬金術師!!」というのは、主人公を示す上で一番分かりやすいわけです。何しろ作品タイトルですからね。これは鋼の錬金術師の物語だ!ということがよく分かる。

水島版リオールの話や少なくとも25話までは基本的に原作通り(後半のオリジナルの布石もあるので原作通りとは言い切れません)なので、あなたの言うように物語として優れているかどうかを語る上で原作の力を外すわけにはいきません。

ですが、監督なり脚本家なりが見てる人たちに伝えたいことをしっかり描写しなければ原作の良さなんてものは伝わらないんですよ。リオール編1話、2話では、ロゼの恋人への想いが丁寧に描写されていました。水島版は原作ストックがない分丁寧に描くことができたんですけど、物語を知らない視聴者には丁寧に描かないと真意なんてもんは伝わりません。誰がこの作品の主人公なのか~ということすら。あの「鋼の錬金術師!!」をインパクトある描写にしたのは、原作への敬意の表れなのでは。

なら入江版第1話はどうなのか。

これは原作を読んでいる、あるいは前作を見ていてある程度流れを知っていること前提となっています。

あの1話の中で、金髪の少年と鎧は兄弟であること、彼らは禁忌を犯したからその体になったこと、賢者の石を探しているということ、身体的技能が優れているということ、彼らは軍に関わっているということ、彼らを使う立場にロイやヒューズ、リザがいること、ヒューズは家族思いだということ、ロイは雨の日は無能だということ、リザは彼のお目付け役であるということ、アイザックは軍に不信感があるということ、軍のトップの大総統は何やらあやしいということ、トップどころかアメストリスすらおかしいということ、カットインされた老人は誰なのかということ、などなどなどなど・・・これでもか!と詰め込まれた結果、何が言いたいのか分かりにくくなってしまった。
この点は、後の話でもアニメ1話につき原作2~3話を入れ込んでしまう物語展開でも同じことがいえます。

あれも大事、これも大事、ならその中で一番大事なことは何なの?・・・わからない。全部大事なんだよ!

インパクトがないというのは、つまりそういうことです。1話は、その原作の要素の取捨選択が出来ていない煩雑な作りだった結果、印象が残らなくなってしまった・・・そんな感じです。後にアイザック、というか1話の内容が踏まえて語られているのならともかく、全っ然ストーリーと絡みもしないので、春にあった鋼イベント用映像ととられても仕方がなくて。イベントに呼ばれたのはストーリーラインを知っていますからね。エドが主人公であるということは周知の事実ですし。

まあ、一番の問題は尺なんでしょうけどね。1年で鋼の物語を描き切らなければならない、それが一番のネックじゃないかなと思います。ストーリーラインを尺をとってシンプルに構成すれば、もっともっと面白くなるはずなのに!と残念でなりません。

なんにしろ、原作どおりかどうかへの賛否はおいといて、物語に引き込まれる作りをしていって欲しいです。水島版はそういう作りですよね。入江版は子供向けに作られていますが、じゃあ水島版は子供向けじゃないとは言いきれない。10代前半に水島版に出会ったあなたが、こうやって熱く水島版1話について語ってくれたことが嬉しかったです!

コメントありがとうございました

NAME:ともえあや | 2009.06.26(金) 00:36 | URL | [Edit]

 

 Secret?

 

 

 

 
Copyright © 2017 Blauer×Himmel, all rights reserved.
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。