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Fri
2009.06.19
06:47
 
といっても、4月5日のお話です。
いいかげん記事にしようとして、もう6月ですよ(@_@;)

件のイベントで東京に行ったとき、原作ファンの某ブロガー様にお会いして、つれていっていただきました。

その節はありがとうございました。
お名前はふせておきます。いやほら、私ってば水島版信者なので、そういうのにかかわってると何かご迷惑をかけそうな気が(特に原作準拠アニメ放送中の今)・・・ 

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場所は上野公園内の国立西洋美術館。折しも桜の季節、満開でちょうど花見に持ってこいの(ちょっと暑いくらいの)晴天だったせいか、駅から既に人、人、人・・・ぶつからないで歩くほうが難しかった・・・orz あ、でも桜はすごく綺麗でした。地元の桜の名所とは規模が桁違いだった。

「考える人」なら知っている人が多いハズのロダン作「地獄の門」は、美術館の前庭にありました。前庭なので、無料で見ることができます。


地獄の門


もっと小さいもの(それこそ普通の扉くらいの大きさ)を想像していたんですが、実際に見てみるとかなりの迫力。なんというか、装飾が細かい!空は綺麗に晴れていたのに、門を見ると一種異様な雰囲気なのがよく分かります。

そもそも、この「門」を見に行ったのは、これが水島版「門」の元ネタだからです。扉部分の装飾は違いますが・・・水島版では「目」になってます。

水島版の「門」については、以下の書籍詳しい説明があります。

TVアニメーション鋼の錬金術師コンプリートストーリーサイドTVアニメーション鋼の錬金術師コンプリートストーリーサイド
(2005/03)
スクウェアエニックス

商品詳細を見る


こちらとマテリアルサイドの2冊は、水島版ファンの方にはオススメ。

水島版において錬金術を発動する際に、死のエネルギーが利用されます。

個人的に「門」とは死への入り口だと考えています。生きている間は個々で存在していた人は、「死」によって肉体を失い、門の中で「全」へと還る。シャンバラでイズミが門内部にいたのは、彼女が死んでいたからだ。

門の内部は情報の集合体だと上記書籍に解説してありましたが・・・過去、現在、未来、そういった概念を全てとっぱらって、しかも平行世界の全ての死者、もっと正確にいえば彼らが生前に持っていた個々の情報が「門」内部に蓄積されていった結果、膨大な情報量となる。いわば、門内部はめちゃくちゃ巨大な書庫のようなもの。
エドいわく限りなく「真理」に近く、同時にイズミいわく手品の種のようなもの。全体を通して情報の塊を「一個」ととらえれば「真理」に見えるし、情報の塊を個々で見れば所詮は手品の種なのかもしれない。
しかし門内部の「情報」は集合体とはいえ、あくまでも個々で存在し人体錬成した錬金術師の肉体を奪おうと虎視眈眈と狙っている。それゆえに、門内部を単に「情報」と割り切ることができない。何しろ元を正せば生きた人間が行きつく場所で、「生」に対して渇望する者(表現として、目が印象的な黒い者たちになってた)の前に錬金術師が人体錬成をして門の前に来た結果、ラースがエドの右腕と左足を奪ったように、好奇だと言わんばかりに生きている人間(錬金術師)の肉体を奪う。そこで人体錬成をした術者が生きていられないのは、門内部で生を渇望するそれぞれの黒い者たちによって「通行料」という名目のもと、肉体をばらばらに引き裂かれてしまうからだろう。そうなると術者は生きてはいられない。シャンバラのハスキソンも恐らく・・・

いわば死後の世界を描いていると思うのですが、人を情報と同義だとしている時点でものすごくドライ。キリスト教が滅んだ世界観だというのもあるかも。

ここら辺、たとえ他の方にとっては的外れかもしれなくても、考えれば考えるだけ面白さが倍増する。だから水島版が大好きだっていうのもあります。考えることの素晴らしさを教えてくれるアニメでした(過去形なのが悲しい)。

汝一切の希望を捨てよの地獄の門は、そういう水島版の設定にぴったりなんですよね。デザインしたのは荒牧伸志さん。錬成陣も荒牧さんデザインです。ただのデザインではなく、たとえ原作と違っていてもそこに「意味」が存在する(と思われる)。こういうのがすごくいい!



てなわけで見に行きました。言ってみれば聖地巡礼というやつですな。
ただただひたすらに、感動してました。

ひとつ心に残ったこと。
門の装飾に小鳥がとまってるのを見たんですね。

水島版では小鳥が2羽ほど印象的に描写されていました。たとえば第3クールオープニング、第4クールエンディング、そして51話。あれはエドとアルを象徴したもの、もっと言えば魂みたいなもんだと考えています。
もっとも実際に見たのはたぶんスズメなんでしょうが・・・なんていうか、すごく雰囲気が良かった。門にスズメがとまる、そういうシチュエーションだけで水島版を思い起こすことができる。なんて素敵なことなんだろう。

見に行って良かった、心底そう思いました。
楽しかった!(本当にありがとうございました!)

ちなみに。

門

カメラマンの腕がヘボだったので、このザマの画像になってしまいました(えらく日差しが照りつけていたので)・・・が、何の加工もしてないハズなのになんだか51話で門の前にたたずむエドを思い出して、これはこれでいいかも、なんて。背景が黄色いというのもポイント高いっ!
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テーマ * 鋼の錬金術師 ジャンル * アニメ・コミック
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NAME: | 2009.06.21(日) 18:22 | | [Edit]

 

いえいえこちらこそ、ありがとうございました!

NAME:ともえあや | 2009.06.22(月) 18:40 | URL | [Edit]

 

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