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Fri
2009.06.12
23:23
 
鋼23巻応募券と、鋼FAのDVD&ブルーレイもしくはwiiソフト「暁の王子」のどちらかの応募券を送ると、抽選でドラマCDが3000名に、チャンスアップ賞としてドラマCD当選者のなかから抽選でサイン入りグッズやらが当たるそうです。→ 鋼DE錬成キャンペーン

なんで応募者全員にしないんだよう・・・DVD販促にしては姑息すぎるよう>ドラマCD
これは即応募しなくては。

別にドラマCD目当てとかじゃなくて、「暁の王子」は予約済みだったりします。本体持ってないけど。だって面白そうなんだよね。

ちなみに公式サイトではDVD&ブルーレイ1巻特典の「盲目の錬金術師」と荒川弘4コマ劇場アニメの映像が含まれたトレーラーを見ることができます。(音量注意)
なんだよBGMが変わり映えしねーな、というのはさておき。
4コマ劇場は荒川弘「描き下ろし」というからには見たことがない奴かと思えば一つはコミックス1巻収録の4コマが含まれてるようですね・・・内容は「鋼で錬金術師」「氷結さん」「国家錬金術師試験」の3本収録(ネタバレにつき反転)とのこと。
荒川弘4コマは、4コマ漫画形式で見たかった。ていうか、昨今オタク業界で話題をさらっている某4コママンガをアニメ化したもののような感じになるのかと思ったら、実際のところ そのまま 映像化してるようです。・・・まあ、予想の範囲内。確かに動いているかもしれないけど、芸がない(苦笑)さすが入江版
なんにしても、見てから評価といきましょうか。映像はシンプルでも案外BGMだとか効果音を凝ってるかもしれないし。いろんな意味で楽しみだわ。

そうそう、新EDテーマを歌う福原美穂さんって、なんとなく朴さんに雰囲気が似てませんか?似てるよー。北海道出身ということで荒川さんとも共通点がありますし。
OPテーマとEDテーマだけはなんのしがらみもなく純粋に楽しみです。何度も聞きたくなる曲だといいな。どちらも初めて聞くアーティストの方々です。

以下本編ネタバレ

 

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第96話 「二人の女傑」

(追記と訂正)
扉では97話表記になってますが、実際は96話。

全然気付きませんでした。




扉絵のエドがカッコいい。正直入江版エドにはなんら感情移入できないけれど、さすが原作エドは違うわ。機械鎧と作品タイトルを並行に配置して、「錬金術師」の文字色が似たような色なのが良い感じです。

・・・すごいですね。アニメ化で盛り上がってる(たぶん)中で主人公もそれに近いキャラも一切出てこない!例えばアニメで鋼を知って、原作あるんだ読んでみよーと思ったらアニメで出張ってるキャラのほとんどが出ていない(笑)。アームストロング少佐くらいでしょうか。表紙につられて買ってしまった人が結構いると見た。

それにしても、今月号の表紙、素人目でも塗りが浅すぎるような・・・やっぱりDVD宣伝でも荒川弘連呼がすさまじいだけあって仕事量が半端ないんでしょうね。そういやいつかのアニメ雑誌で仕事が増えるとぼやいていらっしゃらなかったかしら。うあー、頑張ってーとしか言えないのがもどかしいーーー!
しっかりハボックが軍服着てるのはアニメを意識してなんだろうな。
そして今月は何気にロイが表紙を飾る雑誌が多いね。

全編ほぼバトル回なので、今の早回しアニメにはちょうどいいだろうなあと思いつつ。

「これからこの世を背負って行く若者に、今この世を背負っている大人の・・・我らの生き様を見せんでなんとする!」

先月号といい、メッセージ性の高いセリフがストレートに出てきます。このセリフに行きつくために、今までのオリヴィエさんなりイズミなりの描写があったんだろうか。
たとえば「大人」と「子供」というものが両端に分かりやすく存在するとして、エリシアちゃんなんて確実に子供のポジションに位置して、そしてイズミやオリヴィエは完成された「大人」に位置しているんだろうか。エドやアルは、子供に近いポジションから徐々に大人に進んでいる。同時にロイも大人に近い位置で成長をしている。
鋼の特徴として子供キャラが少ない、とかなんとか某ブロガーさまが書いておられたような気がしたのですが、言いかえれば成長する子供キャラがエドアル(とついでにウィンリィ)に、成長する大人キャラがロイに限定されていることで、かえって彼らの成長が分かりやすくなっているように思います。少年漫画にありがちな<同年代のライバル>ではなく、あえて立ち位置を若干ずらしたエドとロイが主軸にたつことで、彼らの成長そのものと、同時に大人とか子供とかいう世代を超えた繋がり、という二つの面が描けているんでは、と。

正直、最初はリンがエドのライバル的存在になるのかと思ってました。そしたら全然違ってて。協力はするけど特に仲良くも仲悪くもなりはしなかった。そういうライバル的存在は、エドとアルという兄弟ですでに完成されているのかもしれない。こないだアニメでやった初期の兄弟ケンカのエピソードなんて、ライバル同士が何かしらの原因でケンカして後に和解して更に仲良くなる(お互い理解を深める)なんていうある種お約束に見えなくもないし。それが「友達」ではなくて「兄弟」だというのが鋼の面白いところなのかもしれない。
まあ逆にいえば、同年代の友達がいないことでオリヴィエいわく「これからこの世を背負って行く若者」であるエドやアルの世代では彼ら以外が全然見えてこないということがツッコミどころでしょうか。ロイ関連は結構充実してるような気がするんだけど。

それはそれとして・・・

「一匹たりとも市街地に出してはならん!!」

だなんて、さすがオリヴィエ姐さま!!市街地でスカー釣り作戦を後先考えずに実行した粗忽者とは違うわ!もちろんスカーのときとは状況が違って、意思の持たず即効で殺してしまうようなもんを出したら犠牲者がひとりやふたりではすまないのは確実で深刻さでは今回のほうが上かもしれないけど。

やっぱりどんな目的があったとしても、市民というか他者の生活を脅かしてはいかん。リオールの一件とか、どこまで行っても主人公に対して甘すぎるのが、他の素晴らしい読み方をされる鋼ブロガーさまとは違って、脳みそ少ない頭の悪い私は気になってしまうんです。

(ゆえに、精神的成長とは別のベクトルでいつまでたってもはた迷惑なキャラであることに良い意味でも悪い意味でも変わらないのが原作エドだと思ってます。そこが短所であり魅力でもあるよね。作者が主人公に甘いのは、読者のためというよりは、そうでもしないとエドが大胆な行動をしなくなるからだったりして。つまり、行動が制限されてしまうと「鋼」が成り立たなくなってしまう。)

・・・と、ここまで書いて思ったのだけど、エドは市民を巻き添えにしても自分の目的を実行しようとして(スカー釣り作戦)、ロイは市民を巻き添えにしつつ利用して逆に市民(ていうか大総統夫人)を助けようとしたり、オリヴィエは軍内部で解決しようとする(ように見えるんだけど)、実に三者三様で面白い。

もともとオリヴィエを銃殺目的で来ていた兵たちが、今度は協力してオリヴィエや少佐を守るために協力する、今月号で一番カタルシスを得られるのはここだったりしました。主人公たちが絡んでないけど、でもそれが逆にいい。主人公やそれに近しいものがいなければ何一つできない、そんなバカが誰一人としていないのが鋼のいいところなのかもしれませんね。

少佐の「我輩にまた戦場から逃げろと言うのか!!!」とか、シグとの「友よ!!!」「立て!!!」なんていう筋肉の会話とかは、7巻だったり15巻だったりの内容をちゃんと踏まえた上で読むと実に面白かった。鋼って、つくづく積み重ねの物語だとこういうの見て思い知ります。だから入江版はもっとがんばらないとね。


「人なみに家族が欲しかったのではないか?」

ここでも「家族」というキーワードが。テーマを語るようになってるから、改めて鋼の終わりは近いんだなと感じます。
見開いたお父様の目を見る限り、図星なんでしょうね。(そして関係ないけどすぐ下の遠目からの描写は入江監督の演出を思いだす)
完全な存在になるべく余計なものを切り離したつもりが、実際のところ「お父様」と呼ばせて疑似家族というコミュニティーを形成していた。しかもそこに母の存在がないので、いつまでたっても不完全なままなのだ。

てなところでエンヴィーのもとの人間の母親だった水島版ダンテを思うと面白いんですが。あれは父親不在というよりは「愛する男の不在」がひとつのキーだった気がします。ダンテにとってはホーエンハイムは愛する異性の象徴だったし、果てにはホーエンハイムの息子と恋をしてみたい、だったし。それに出て行ったホーエンハイムばかりを思ってエドに旦那の影を重ねていたトリシャだったり、初恋の相手であるエドがいなくなった後のウィンリィだったり・・・「愛する男の不在」であり「取り残された女」でもある水島版は、改めて原作を別解釈したんだなと思う。そこが面白い。

で、原作の鋼。愛する妻を得て、子供たちを授かったホーエンハイムの家族にしても、妻は既に亡くなっていない。でも不完全ではないんだよね。思い出はいつも彼の心の中にある。完璧とは言えないかもしれないけれど、家族の基本的な形はいつまでも消えることはない。22巻の表紙だったり、「家族の肖像」だったりといったエピソードでちょっとずつ描かれているエルリックの「家族」は、ホーエンハイムを奮い立たせるのに十分な存在なんだ。だから、彼は家族のために、自分のために戦うことが出来るんだ。ああもうエルリック一家大好きだ!!!

ホーエンハイムとお父様の錬成した竜の形が違ってて面白かった。ホーエンハイムのほうが派手(笑)さすがエドのパパンです。

ということで、ホーエンハイムとお父様の直接対決で以下次号に続く。この場にエドが来てくれないかなあと妄想を抱いているところです。
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テーマ * 鋼の錬金術師 ジャンル * アニメ・コミック
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Comment
 

鋼のキャラの関係性の魅力はなんといってもベタベタしすぎてないということです
だから個人個人の目的がハッキリしていていい

NAME: | 2009.06.15(月) 16:48 | URL | [Edit]

 

コメントありがとうございます。

私の場合、鋼のキャラの関係性の魅力としてあげられるのは、べたべたしすぎないというよりも「慣れ合い」がないということでしょうか。つまり、相手に依存するあまり個人が行動を起こさずに頼り切ってしまうことがない。

わかりやすいのが今月号でオリヴィエを追ってきたハズの軍の兵士たちですよね。彼らはオリヴィエや少佐を守るために自ら行動を起こした。

エドとアルにしても、ロイにしてもそう。自分の考えで動き、行動する。

ただし、必要とあらば協力する。

そして、先月号では復讐心にかられるロイを、エドが諌めたりした。スカー釣り作戦でうかつな行動をするエドを、オリヴィエが一喝した。ウィンリィが銃のトリガーを引きそうになったらエドが引き止める。オリヴィエや少佐がピンチの時はイズミや兵たちが守る。アルが自分の存在について悩んだらウィンリィが涙ながらにエドの想いを伝える、ロイはヒューズの意思や部下たちの想いを含んで上を目指す・・・そうやって個々人が自ら行動を起こしながらも、それについて何か助言してくれる人がいる。彼らがひとりじゃないということがちゃんと描写されている・・・

鋼って、そういう描写が秀逸なんですよね。必要以上にべたべたしない、だけど必要とあらば協力したり叱ったりする。私はどちらかというと後者の部分で魅力的な作品だと思ってます。個人の目的は違っていても、それでもひとつの集団が成り立つ、それってとても素敵なことだなあと思います。

NAME:ともえあや | 2009.06.16(火) 21:29 | URL | [Edit]

 

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