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Mon
2009.06.08
07:49
 
水島版25話が見たいーと思いながら10話を見たのはここだけの話。 

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水島版は原作ストックがなかったからこそ十分に余韻がとれた(25話なんてその典型)とは思ってるけど、それが楽なことだとは思いません。ていうか、楽に出来ればどの作品も簡単にヒットしてる(苦笑)むしろ原作の場面がないことで膨らませなければならないことが、一番難しいと思うんだけど。オリジナルに逃げたのではなく、オリジナルにせざるを得なかった。もともと25話で終了予定が急きょ局の都合で1年に伸びたわけだし。

そして、「原作どおり」にすることもヒットへの近道だとも思わない。むしろそれだけやるほうが楽なのではないか。

楽なことは決してヒットにはつながらない。

結局は、どの程度視聴者の心にとどめることができるか~なのです。ぽんぽんとページをめくる早さで進めていって、終わった後にどのくらい印象に残っているのか。途中でページを止めることができる漫画と違って、アニメはそこがいっそう重要になってくるのでは。演出過剰なんて前作が揶揄されていますが、そうでもしないと流し見をしている人間が手を止めて見てくれない。アニメは原作ファンだけが見ているわけではないですから。せっかくの日5という全国枠を使ってるんだから、原作ファン以外もとりこむべきだ。
一生懸命かぶりつく原作ファン以上に、そういう人が多いからこそ、演出が大切になってくると思うのです。今作の何がもったいないかって、原作どおりの描写を原作どおりに進めていくことに躍起になって、肝心なインパクトが弱くなってしまっている。しかも原作どおりなんだから、別にもう1回見なくてもいっかなーと思わせてしまう。話は原作どおりだとしても、「蟲師」のように映像的にインパクトがると言われればFAの場合はそうでもなかったりするし。

とはいえ、ちょっとした良い描写があるから、こうして見続けているんだけど。10話だったらウィンリィとヒューズ一家のお別れシーンがすごく良かった。10話感想でも描いたけど、こういうのを描けてこそアニメをやる意味があるというもの。4話のホーエンハイムのカットだったり、6話のエルリック家とロックベル家の写真だったり。そういうのを効果的に使ってほしいなあ。

ただし、仮に1年半やるとしても、一度見逃した後でついていくのが大変でしょうね。漫画は簡単に手にとることができるけど、アニメはしっかり時間を割かなければならない。アニメは原作ファンのためのものではなく、アニメを見てくれる人(原作ファンを含む)のためのもの。1話1話の展開が早い以上、連続ストーリーものなのに1年前に何やったか忘れた~なんてことになったら、長く続ける意味はあまりないと思うんだよね。

・・・でもまあ今作は原作ファンのためというのが分かりやすいから、いいのかな?
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Category * 鋼FA雑感
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NAME: | 2009.06.08(月) 22:39 | | [Edit]

 

こんばんは。

>でも、この先も毎週見るのですけどね(苦笑)結局、鋼が好きなんですよね。

お気持ちすごーく分かります。私だって、鋼熱は冷めたとか言いながらしっかり毎週夜遅くかかってまでアニメ感想を書いてますからね(苦笑)感想書くだけで、(ああいう内容でも)4~5時間くらいかかるんですよ。

なんだかんだ言いつつ気になってしまう。それはやっぱり「鋼」だからに他ならなくて。でも、それで水島版でないとダメだと気がついたとしても・・・私はそれでいいと思いますよ。声優問題についても誰にもその気持ちは否定できません。

そして水島版の魅力が再確認できたのなら、それはとても素敵なことです。ツッコミどころがあっても、上回る魅力がある素晴らしい作品が水島版鋼ですよね。

私にとって入江版を何度も見返す必要がないのは、「原作どおり」であること、それにつきます。だって漫画を読んだほうが早いし簡単だから。もちろん動いて声を出し効果音とBGMがあるという付加価値があるので視聴しますが、「何度も見返す」行為までには至らない。しかも作中で「答え」が分かりやすく提示されているので、考える必要もないのでやっぱり見返す必要もない。あー面白かったで終わり(鋼FAは他のアニメより面白いと思ってます)。

もっとも付加価値自体もアニメの十分な魅力です。でも、それ以上のものを期待していて。ただの原作準拠の焼き写しじゃつまんないんですよ。原作を読まなければキャラの想いが伝わってこない・・・たとえば2話の母親の件など・・・のは論外。

入江版は入江版としてひとつの<作品>として成り立ってほしいんですね。今さかんにスタッフに水島版の呪縛があってうんぬんと言われていますが、むしろ原作の呪縛に縛られて身動きが出来ない状態にしか見えないんです。原作の展開をほとんど入れつつ、たった1年50話~51話で、原作の濃い話が出来るのか、と。ヨキの炭鉱話がなかったこと、トレインジャックがなかったこと、これらの削除を代替する表現が今のところあったかと言うと首をひねらざるを得ない。なかったことでロイが無能という記号を与えられたキャラになってしまったように思います。
水島版でやっていない個所から本気を出すから今はこんなんだ、とアマゾンレビューで平気に書かれてしまうことにスタッフは危機感を抱いているのでは。ダイジェストにしか見えない過去編も、原作の見せ場を生かすことができなかったスカー戦も実は手をぬいているわけではないでしょうから。
むしろ水島版を利用しているようにも見えます。2話時点で過去編を持ってきたり、10話アバンでヒューズとロイの過去話をやったり・・・もっと変えてくると思ってたんですけどね。一緒かよ、と。もしかしたらあえて水島版の手法でもって構成してるのかもしれません。

たぶん、水島版の呪縛にとらわれているのは、入江版スタッフではなくてファンのほうなんですよ。でもそれは前述のとおり、それでも良いんです。
ただ、水島版をいったん横に置かなければ、純粋に楽しめない作品なのは事実です。これは水島版も一緒だったんですよね。私はアニメから入ったのでさほど違和感はなかったですが、あれは原作をいったん忘れないと純粋に楽しめない作品でしたから。そういう意味では、続編ではなく新作として再アニメ化された鋼が特別ではなくて、どの原作付き作品(漫画だろーが小説だろーがゲームだろーが)一緒です。

私は、なんだかんだと言いつつリンやランファンたちが出てくるのが楽しみですね。あまり期待せずに見て、おお!と思えるシーンがあれば御の字かな、と。期待するとがっかりしたときの落差が激しくなってアンチになりかねないですから。アニメとしての魅力を「原作が動いて音が出てる」「原作の魅力再確認☆」に留めておくことで、もしかしたらこれから先すっごい良いシーンに出会ったときに、その落差から一気に入江版ファンになれたらなあ、なんて思ってます。私がツッコミを入れつつ感想を書き続けているのは、これが理由かな。

たぶん心の平穏を保つためにも、「期待しない」って結構重要かもですよ。

コメントありがとうございます。後ろ向きでもかまいませんよ。私なんていつも後ろ向き(苦笑)。わかるわかると頷きながら読ませていただきました。

NAME:ともえあや | 2009.06.12(金) 01:06 | URL | [Edit]

 

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