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Mon
2009.04.27
08:38
 
DVDとBDの映像特典が「盲目の錬金術師」ということなので、予約がぐんとアップしたりして。
アニメイトあたりで全巻購入特典するんじゃないかと睨んでます。ないならさっさと密林で予約しちゃうから早く発表してくれ・・・
それにしてもオーディオコメンタリー入れてくれないかな。入れてほしいな。

以下原作ネタバレ含みます。
 

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さて、Bパート。

・・・ここで父ホーエンハイムのカットがあった!!!
私的に満足です。そうか、もしかしたら水島版が母親との想い出がメインだとしたら、こちらはオープニングで示されているとおり父親との関わりがメインなのかな。

ニーナ「でも、お父さん最近研究室ばかりだからちょっと寂しいな」

ここで兄弟の父親の回想シーンが挿入される。つまり、父ホーエンハイムが家族とともに生きる決意をして研究を一人進めていたとき、兄弟(特にエド)は父親が自分たちにカマってくれなかったことが寂しかったということに。この父と子の想いのすれ違いがたまらなく切ない・・・
水島版第3話において死の間際の母親が苦しんでいるのに帰ってこない&母親の最期の言葉が子供である自分たちではなく父親のことだったってのにちょっぴり嫉妬、てのと変えて来ています。原作2巻の時点ではまだ描写されていませんが、父親への想いがしっかり描かれたことに好感触です。父親にかまって欲しくてさびしがっているニーナを想って、そして自分たちの記憶と重ね合わせて遊ぶことにする、こういう描写がすごくいい。原作の補完とはこういうのを言うんでしょうね。4話の鋼は今までとちょっと違うぞ!(でも脚本がメインの大野木さんではないんだね)

犬にいじられるエドが可愛くて。すっかり遊ばれていますがな。そういえばニーナと兄弟が一緒になって遊んでるシーンは、エドとニーナ、アルとニーナ、ニーナとアレキサンダーというように対等に振り分けられています。短いシーンだったけど、原作のコマ3つを増やしたアニメならではの表現です。これだ、こういうのが見たかったんだ私は。読者が自由なスピードで読めることで読んでいる最中ですらコマとコマの間でなにがあったのか、いわば行間を読者は想像することが可能です。ところがアニメだと時間が流れるなか画面を凝視せねばならず、得られる情報量から勝手に想像するには何度も見返さなくては難しい(持論です)。だから、こういうシーンの補完はいいですね。

アレキサンダーとはしゃぐニーナの声と「もうすぐ査定の日です」というハボックのセリフをかぶせているシーンで、原作では頭を抱えていましたが、アニメでは顔を覆っている。この場合セリフをかぶせてくるのなら、なんで「耳」ではなかったんだと気になってしまいました。顔を覆うということは、見たくないものがあるということでしょう。つまり、目、視覚にうったえてくる何かから逃れたいということ。

もしかしてニーナを見たくなかったのかな。純粋にお父さんは大丈夫だと言ってくる子供は、裏を返せば(当たり前だが)タッカーがどんな思いを抱えているのかは理解していない。耳はふさいでいないので、子供の声は聞いている。せっかく掴んだ国家錬金術師という名誉もまた手放したくないので(だからハボックの「査定」うんぬんの言葉はしっかり聞いている)、双方を天秤にかけ、どちらを選ぶのか思案していた・・・?
今回、Aパートでやけに眼鏡を意識した演出がされています。にも関わらず、顔を覆っていた掌をどけると、そこに眼鏡の光はなく、タッカーの瞳が直接映し出されていました。その視線の先にある国家錬金術師の資格を証明する銀時計があることで、天秤がどちらに傾いたのかが分かる。そして彼はあることを実行する。

もしかしてタッカーの眼鏡の光は、本音と建前の境界線の暗喩でしょうか。眼鏡に映し出される光と影がタッカーの心の不安定さを示し、眼鏡そのものは自分自身の暴走を押しとどめる理性。そして瞳そのものはタッカーが本音と建前を超えて何かを決意したことを示す。目を覆っていたのは、必死に決意したことを隠したかったから。決意の部分は誰にも知られてはならないことだから。

自分を想ってくれていると分かっていても娘を使うことにためらいがなくなったことを、そして査定のために合成獣を作るのに娘を使うというズルが決してばれてはいけない。

3話「邪教の街」のエドのセリフ「立って歩け、前に進め」を踏まえるならば、タッカーは目の前の現実の直視を拒絶したということだ。ニーナの声(つまり想い)は否定していない。否定したのはニーナの肉体という存在だ。

今回、今までと比べたらびっくりするほどタッカーの描写が丁寧です。特にBパートが良いんだ。原作の描写を膨らませたという点では正しい原作付きアニメのあり方なんでしょう。私的には原作も水島版も入江版も全部楽しめてお得だわ!

ヒューズとアームストロング少佐の会話で国家錬金術師の相反する二つの側面が語られる。錬金術師自体は「大衆のためにあれ」と言われる。でも国家資格を有するが故に人間兵器に変わる。このあたりは原作初期では炭鉱の話でユースウェルの住民にあからさまに毛嫌いさせることで示されていましたが、炭鉱の話をさっくり削ってしまったためにここでセリフとして言わせるしかない。だけどスカーが何かしらの恨みを持って国家錬金術師を狙っているという話とタッカーの話を絡めてきているので、「国家錬金術師」という制度そのものへの疑問が強調されているような気がします。マリア・ロスが何気に出ていたのは、後々に彼女に大きな転換期があるのを示すためには良かった。出し惜しみせずに出してしまうのね~。

眼鏡の話に戻って。タッカーの過去で国家錬金術師になる前は貧しくてひどい有様だったという。両親の口論に涙目になるニーナがつらくて。
この口論をしているタッカーは、国家錬金術師になるという夢を語っていたんだろうか。貧しさに耐えきれずに出ていったというタッカーの妻は、はたして本当にそうだったんだろうか。眼鏡に映し出される光がかたや光っててかたや光ってない、というもの。嘘と真実が織り交ぜられて語られている。
だって妻は実際には出て行ってないんだから。貧乏だったという事実は本当だったにしても、だ。

どうもタッカーは「国家錬金術師」という資格そのものに名誉があると勘違いしているフシがある。それが今回の悲劇に繋がっている。全然描写されていないけど、タッカーの妻は実際は「大衆のためにあれ」という錬金術師の基本を必死にうったえていたのかもしれません・・・。
こういう想像の余地が残ってるのがいいんだ。なので今回のあらすじのナレーションがエドの「立って歩け~」の心情をネタばれしてしまうのはどうかと。確かにわかりやすいけど、こういうの想像するのが楽しいのに!

「ニーナ、明日お父さんと一緒に遊ぼうか」
な、にいいいいい!!こう来たか!!遊ぶふりして実は実行ですか!!顔を覆っているくだり(国家資格を選んでニーナは選ばなかった)があったので想像できる<実の娘だろうがなりふりかまっていられない>というタッカーの真意と、表面上の父親としての優しいそぶりとのギャップがすごい。
ふざけんじゃねえ、と憤ってしまったけど・・・水島版見ているから衝撃は超えられないと思っていたけど別の角度から衝撃が来た感じ。なのでこう来たか、と。
眼鏡がすっかり曇ってしまって・・・

まだタッカーが押しとどまっていたときは明るい日差しのなかで、あることを決意したときには夕方で。光と影のコントラストを漫画では表現できても、こういう微妙な夕方という時間帯はなかなか表現できない。タッカーが落ちていくと同時に分かりやすく背景の光の加減も変化しています。原作のラストシーンは雨でしたが、それを踏まえての演出なんだろうなあ。

まだ感想は続く。
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