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Fri
2009.04.24
23:47
 
今使ってるパソコンの壁紙はシャンバラ兄弟です。「鋼の錬金術師 ART BOOK3」の表紙。
今までずーっと空だとか海の壁紙ばかり使っていたけれど、入江版が始まる間際になって水島版の兄弟の絵柄に変更しました。

やっぱり、この絵が一番落ち着くんだな。

 

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入江版を見ると、無性に水島版が見たくなります。
入江版で見た箇所が水島版ではどうだったかな~と確認しようとしたら、思わず最後まで見ちゃった、という。少なくともデビルズネストまでは展開がかぶるので、同じ事をしていそうです。
そんで確認する。このアニメ(水島版)好きだわ~と。
今は無性にブルーレイが欲しくて仕方がありません。BOX-SETのブルーレイシャンバラ、まだ見てないんだよー・・・聞きたいんだよー!!でもこないだ東京行ったのでお金がないという有様。

見れば見るほど、監督の個性が出ていて面白いな、なんて思います。

ただちょっとだけ気になるのは、アニメ誌のインタビューで水島監督は常に「○○を描いていきたい」なんていうことを答えていたのに、入江監督はひたすら原作マンセーなんだよね。そしてアニメーターらしく作画で表現したいことがほとんど。それが悪いことだとは思わない。むしろ原作嫌いですと言い切ってしまえる監督がやるよりも、何倍も何十倍も何百倍も良いことだって思う。だから、入江監督は原作の何に惚れたんですかと聞いてみたい。「柔らかい絵」という言葉は、それらを見せる手段にすぎない。子供たちに見てもらいたいというのは結果論で。
それを使って子供たちのために、何を、描いてみたいですか。何に、思い入れがありますか。

何を、伝えたいですか?

私だったら、入江版に限らず原作でも水島版でも「鋼」で家族の大切さを知ってもらいたい。
だから、子供に見てもらいたい。
子供だけじゃない。(もちろん大人の私が見てもいいという意味でも)大人にも見てもらいたい。
家族を構成するおとうさんおかあさん兄弟姉妹の大切さ、そして家族は「社会」という集団の中になければ形成できないということ。家族の成り立ちと、終わり。そして再生(ノックス家族)。誰かがいなくなって家族が減っても、新たに誰かが加わることで家族の形成へ(水島版ではOVA子供編で補完されてたように思います)。鋼って、全てが描かれてると思ってます。

だからオープニングでエルリック一家がばーんと出てきたとき入江監督も同じように家族を大事にしてくれるかもしれないって期待するんだ。
水島版が「個人の愚かさ」を描いた作品だとすれば、入江版は「人の繋がり」を描いた作品になるかもって、期待するんだ。
(ちなみに原作初期はコミカルな表現にオブラートされているものの人の愚かさを、後期は人のつながりを描いているような気がします)
水島版鋼は私のなかで「鋼」として確固たる地位がありますが、入江版はどうなるんだろ。
今はなるべくビミョーとは考えずに、良い方に良い方に解釈していきたいのです。そりゃあ本音を言えば初見だと妙に期待しすぎているせいか、いろいろがっかりなんですけどね・・・(テンポとか「間」とか作画とか)。

もっとも今はネタバレにつながるからダメかな。
1年後、入江版終了後にどうなんですかって問い詰めて聞いてみたい。

アニメ誌見てると、なんでこうもプロデューサーが全面に出てくるんだーとか思ってしまいます。
放送前に(制作スタッフが「神」と呼ぶ)プロデューサーの座談会なんてやってたり・・・鋼FAプロジェクトの一部門が実際のアニメ制作で、入江監督はその中の一部門の責任者にすぎないように見えてしまう。もちろん商売も大事だし、多くの人に知ってもらうには必要不可欠ですが、作品の顔はプロデューサーではなく監督だろうに。

今、なぜアニメにする必要があるのか。それはもちろん原作の販売促進だったりかつてのヒット作という安全パイを使うことでお手軽リメイクという商売上の理由ってのがあるのは否定できないはずだ。
(それが鼻につくのが鋼FAプロジェクトの悪さだってきっぱり言い切ってしまいます。海外のバイヤーがこれは売れるよブラボー!っていうのと日本だろうが海外だろうがファンがこれぞ鋼だ!って見るのとどちらが先でどちらが後なんでしょうね)。
そういうのをむしろ使ってしまえ、と。商売?だったらその商売根性にのっかって、自身の作品を広めてしまえばいい。鋼の良さをどんどん広げてほしい。新規で原作をリアルタイムで追いかける臨場感を楽しむのならば、アニメ化で湧く今が一番いい。これだけお金かけて宣伝してくれるんだから、むしろ入江版を売る絶好の機会だ。

力を込めて魂で作ってほしいっていうのが本音です。
だからこそ、入江版鋼で肝になるのは何ですかって聞きたい。

原作でアナタの見たい場面が動きます、のもっと先にあるものを。

荒川弘「鋼の錬金術師」の本質のエッセンスをあれもこれもよくばりなほどに入れることと、何か一点でも荒川鋼の本質のエッセンスをどーんと深く描くこと(水島版はこちらの部類)と、そのどちらが正しいことなのかはわかりません。なので優劣は語らない。

私は入江版「鋼の錬金術師」が見たい。

水島版の肝は前作第7話「合成獣が哭く夜」だった。
これを見たあと、しばらく考え込んでしまいました。あの頃ブログやってたらぐるんぐるんいろいろと書き殴っていたように思う。
アニメ夜話の岡田氏によればこの話で會川氏お気に入りと言うタッカーが登場して、後々まで物語内のいたるところで関わっていくことになる。いわば、後半部分のオリジナル展開の方向性を決めつけたキャラだった。自ら研究の失敗で半分合成獣と成り果てたタッカーの行く末と、兄弟の行く末とを重ね合わせると、無性に胸が痛くなってしまいます。

そのニーナの話を、あえてもう一度作らなければならないことは、ものすごいプレッシャーなのではないだろうか。一度水島版を見てしまえば、どうあがいても衝撃度は超えられない。
なのであえて勝負しないかもしれません。原作がもっと進んだ先にある展開で、水島版ではできなかった部分でこそ勝負をしかけてくるかもね。
(追記:同じ展開をしている部分で、「前に一度やってるんだから多少端折っても仕方ない」と擁護されるようではだめ。端折ってると視聴者に「感じさせずに」物語を展開すべきです)

アニメ誌で前作に関わっていたことが一切伏せられている入江監督ですが、そこはどうよって思う。正々堂々となんで言いきれないんだって思う。私は、作品内容よりも、どっちかというとそっちにひっかかる。水島版第1クールオープニング「メリッサ」のアニメを手掛けたのは入江監督だ。ソウル・イーターも確かに凄かったが、勝負するなら同じ鋼だろう。イメージを一切断ち切りたかったのかもしれないけど、逆にファンまでも切り捨てられたみたいに感じてしまいました。

だけど、期待してる。
何を描いてくれるのか期待してる。

すごーく矛盾した感情が頭の中をぐるぐる駆け巡っています。
水島版が黒歴史にはなってほしくないってのは相変わらずで。
入江版もこれから先良くなってほしいっていう思いもすごく湧いてきて。

うーん、ドウシタライインダー・・・

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NAME: | 2009.04.26(日) 14:03 | | [Edit]

 

コメントありがとうございます!

こんばんは。

コメントを深く頷きながら読ませていただきました。

>入江版は子供受けが良いのは分かりました。と同時に「分かりにくい」というのも分かりました。

子供にはギャグの受けが良かった。でもわかりにくい。アニメをテレビでずっと見続けているハズなのに、印象が断片的にしか残っていないということですよね。しかも、<ギャグもシリアスも原作どおりに展開しているにも関わらず>です。

つまり、これでは制作者が伝えたい意図が子供たちに伝わってないってこと・・・
私、ここがすごーくすごーく気になって書いたのがこの記事だったりします。

私、そもそも荒川さんがよく入れるギャグは、荒川さんの照れ隠しだと思ってるんですよ。まっすぐこうだ!とストレートに言い切るのはいろいろ恥ずかしい。昔の熱血ドラマの「あの夕陽に向って走れ!」の理想は分かるけどだいぶ恥ずかしい、それと一緒で。
そして、真面目くさった論を聞き続けると途中で飽きてしまう。たまにユーモアを織り交ぜつつ論じられた方が同じ論でも頭に入ってきますよね。自分の照れ隠しもしつつ、話しを聞いてもらう(この場合はマンガを読んでもらう)手段にもしつつ・・・

だったら入江版のギャグがそれと同じことをしているかと言われると、違うんじゃないかなと。手段があっても目的が見えないことと絡めると、ギャグ自体が目的になってないかがすごく疑問だったりします。荒川さんの鋼のギャグは「手段」なのに、です。

まあ、そういったことと同時にお手軽にカタルシスを得られる音楽がさっぱり印象に残らないってのがあると思います。やれ有名な音楽家だ、やれ今度はワルシャワだ、そういった外の部分ばかりがクローズアップされていて、やたらと凄いんだ!と煽られた結果・・・あまり印象に残らない。曲単体ではいいと思うんです。それと一緒で、今回の鋼FAの何が問題かって、鋼FA独自のカタルシスがないんです。心にぐっときて、次回も見なくちゃと思わせる何かがない(タッカーの話は良かったと思います)。次も見なきゃと単純に思うのは、私が原作ファンだからなんです。

>友達が「星矢のゼウス版を彷彿させる」と言っていました

ここを見て思わず笑ってしまいました。
いやそれは、私が思いとどまった部分ですよ。ブラックな私なら躊躇なく書いたでしょうね。

それにしても親子で鋼ですか!!
いいなーいいなー羨ましいなあ!!

4話は今までとは違って良かったので、この話がお子様の心に響いているといいな・・・

やっぱりね、水島版が良すぎたんですよ(ここは水島版ファンとしての主観です)。原作を変えたという点ではアレかもですが、演出やテンポ、間の取り方や音楽の使い方に声優の演技とか、全てが絡みあってるんですよ。あの作品はフルオーケストラで原作を演奏していたんだなと、しみじみ。


原作付きアニメって、歌を歌うことに似ていると思っています。
この場合原作者は作詞家に置き換えてください。

その歌をどう歌えば感動するんでしょうね。
歌詞をそのまま抑揚なしに歌ったものと、
歌詞をそのまま強弱をつけて歌い上げるのと、
歌詞をそのまま表情豊かに歌い上げるのと、
歌詞を変えて平坦に歌うのと、
歌詞を変えて表情豊かに歌い上げるのと。

荒川さんのスタンスの「アニメはお任せ」は水島版も入江版も変わりません。水島版は、表情豊かに歌い上げられていたのではないでしょうか。歌詞が変えられたことに賛否両論ありましたけどね。
入江版がどう歌いあげるのか、期待しつつ不安でもありつつ・・・って感じでしょうか。

NAME:ともえあや | 2009.04.29(水) 01:13 | URL | [Edit]

 

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