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Tue
2009.04.21
21:44
 
こうやって語りたくなるあたり、十分鋼FAにハマっているようです。
うーん、なんだろ。見返すたびに気づく何かがあるって、素敵なことだよなあと。
まあ、最初に気づかない私がおかしいかもですが。

3話のロゼを見て、かーなーりー憤っていました。ロゼがコーネロを盲信するにいたった核心の部分・・・恋人を失ったこと、ひいては恋人への想いといった心理描写が薄いこと。

そして2話の兄弟の母への想いもまたさらりと流されてしまったことを思い出してしまい、これから先も同じようだったらどうしよう。
トリシャの出番が削られたらどうしよう、と。
正直、ロゼの3話よりも2話に戻って憤ってしまったんですね。

以下、深読み。
(原作ネタバレを思いっきり含んでいます)



 

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ない頭を必死になって動かした結果、得た結論はこうでした。
ロゼの、ひいては兄弟の「想い」(具体的に言えば母との想い出)の部分は、尺の問題で描けなかったのではなく、わざと描かなかったのではないか・・・と。むしろ、尺が足りないことを利用したというべきか。

鋼FAのオープニングは曲も含めてお気に入りなのですが、お気に入りの割に気付かなかった。
最初にクセルクセスの錬成陣とともに23号が出てからトリシャ、幼い兄弟と流れて父ホーエンハイムのアップ。そして兄弟が家を焼く。
この流れを見て最初に気づかなかった私は本当にバカだ。

これってよくよく見たら、トリシャも幼い兄弟もホーエンハイムの視点なんだ。父親から見た妻の姿と、幼い兄弟。ちびっこエドアルの描写(これはすぐにわかった)は17巻第68話「家族の肖像」でホーエンハイムが出て行く前に見た最後の兄弟の姿。トリシャの笑っている姿はてっきり兄弟に向けてだと思ってたんだけど、よく見たら目線が高い。これは、ホーエンハイムに向けた笑顔だ。
68話を踏まえて、ホーエンハイムは愛する妻や子供たちと「一緒に老いて死にたい」から出ていった、それは偶然か意図的か分からないけど歌詞がドンピシャだったりするんだけど、そういった意思の表れがホーエンハイムのアップの強い目に現れているのではないだろうか。
そして最初の23号と同じ仕草をエドがやっている箇所があり、すぐあとに別の場所にいるホーエンハイムが描写される。エドやアルが「覚悟」を決めて旅をしている間、やはり目的を持って旅をしていた父親。原作では10巻の最後までホーエンハイムの出番はなかったけれど、そのなかった間彼が何をしていたのか、どういう気持ちで旅を続けていたのかが、オープニングで演出されているように思います。ホーエンハイムが得たかったのはオープニングで描写されている、まさか死ぬとは思わなかった愛するトリシャの笑顔と、小さな子供たちの姿なのだ。彼女たちとともに老いたかったのだ。


なのに。

自分が知らない間に兄弟は家を燃やしてしまう。

「家を燃やす」ことはエドとアルの「覚悟」であると同時に、「自分の過ちを」「その跡を見たくないから」だった。11巻第42話「墓前の父」のホーエンハイムのセリフです。ずっと研究の旅を続けていて、帰ってみたら愛する家族の待っているハズだった家は既に燃やされていた後。

「逃げたな エドワード」これもやっぱりホーエンハイムのセリフ。
エドは答える。「てめぇに何がわかる!!!」
そして母親だと思っていたモノを掘り起こす場面へと繋がるやりとりで、エドが家を焼くことが後戻りをしない「覚悟」を決めた原点であると同時に全て焼き尽くすことで自分たちがやったことを覆い隠してしまった・・・「覚悟」であり同時に「逃げ」でもあり、しかもそれが図星だったことがエドの表情でわかる。もっともホーエンハイムはそれを持って「罪」と言っているわけではなく、「寝小便した子供がシーツを隠す」ことと同じことだったけど。

つまり。
2話の回想で母親との記憶がセリフでさらりと流されてしまったのは、エドが母親を錬成した事実とその跡からの「逃げ」・・・なのではないか。

かのシーンのモノローグは、エドワード自身。

11巻で初めて己のしでかしたことに向きあう前、まだリオールの段階で母親との想い出なんて強く語ることはできないのではないか。母との想い出は、そのまま人体錬成をして出来たモノを思い起こしてしまうからだ。大好きなお母さんを傷つけてしまっていたらどうしよう。殺してしまっていたらどうしよう。

逃げていたんだもの。逃げてたってことをずばり父親に指摘されて墓を掘り起こすまで、家を燃やして「覚悟」を決めた日を銀時計に刻みつけるほどに「覚悟」だけを意識して、逃げていたことにすら目を背けていたんだ。

その「逃げ」の部分は実の父に指摘されて初めて露呈する。
それまでの間、エドワードが好んで母との想い出を語るハズがない。もちろんアルも。
5巻から6巻で詳しく語ったのは、相手が気を許しているイズミだったからだ。2話はなんとなく、列車で相席した知らない人(この場合視聴者)にちょっぴり込み入った話をしちゃったよ、てな感じに見えた。それもあって、事実だけ言うにとどめて自分の想いまでは語らない。



・・そんなことを考えて自己解決しました。
深読みだし、実際にどうなのかはわかりません。自分が鋼FAをこれからも楽しむために自分に都合よく考えてみた。実際問題、全くの的外れかもしれないですけどね。
原作を読んでいるからこその、楽しみ方です。読んでいなければ、そしてあまり母親に思い入れがなければ、ふーんで終わってしまうかも。

モノローグがエドだったので妙に新鮮に感じたものですが、上記の意図もあってのことだったらスタッフすげーなって素直に思う。もちろん展開早いのでちょっぴりついていくのが大変ですが、2回目3回目見ていくと味わい深くなってくる。ていうか、私が早く気付けばいいだけの話なんですけどね。気付かないんだね・・・

入江版は、尺が足りないぶん逆手にとってくるかもしれません。原作を鵜呑みにしてそのまんま吐き出せば面白いものになるとは限らない。だからこその1話のオリジナルなんでしょうし、今回のようなことかもしれません。水島版とは違った形で魅せてくれれば私的に言うことありません。がんばれスタッフ!期待してるんだ!たとえ3話Bパートの演出でやっちゃってたとしても期待してるんだ!

最初見ただけではエドやアルの母に対する想いとかは薄いかもしれない。でもこれから先、ホーエンハイムが出てから丁寧にやってくれるんだよ!たぶん、きっと、やる・・・ハズ(自信ない、けど見たいよ!)だってまだFAは始まったばかりだ!

まあ、母への想いを聞いて楽しいのは超マイナートリシャファンの私だけかもしれないですけどね・・・誰か、誰かいないのか!!!
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Comment
 

構成上の視点ですが…

初めまして!通りすがりですが、こちらの記事を興味深く拝見させていただきました。

私も母との思い出の描写のカットはわざとでは、というご意見に同意です!

私も2話では「お母さん、軽いな…」とは思ったのですが、
でも原作のトリシャさんも案外 ホーエンハイムが登場するまでは
単なる「優しいおかあさん」という記号的な存在に徹していたような感もありますし、
むしろ物語の終盤に差し掛かる頃に来た
あの「家族の肖像」のエピソードを経て初めて、
「トリシャさんてこういう人だったんだ…!」と、
今まで全ての伏線がそこで解かれて、劇的にぱぁっと輝いたような
そんなキャラクターだった、という印象が個人的にはあったので、
あまり気にならなかったのです。きっと後でやってくれると。

それに尺も足りないし、2話は「はじまりの日」という通り
結果的に未来を目指す というお話にまとまっていたように思うので、
言うなればエドアルの「過去」の象徴である「おかあさん」よりも
「未来」の象徴であるウィンリィやピナコにウェイトを置いたのかも…
などと勝手に想像していたり(本当に勝手にですが;)。

OPの優しい演出からしても、むしろFAは全体の構成として
「家族愛」がテーマになっていくのでは…!と期待したい派なのですが…
…とにかくネックは尺でしょうか><。
でも淡白ながらも結構真面目にこだわりを持って作られていると思うので
(それでもやっぱりおかあさん亡くなるの早すぎですが;)
気負わず見守っていけたら、と思っています。

NAME:シェイ・ウィンルー | 2009.04.27(月) 18:34 | URL | [Edit]

 

はじめまして。

コメントありがとうございます。

お母さんのエピソードは・・・どうしても水島版を最初に見て、それから鋼ファンになってしまったので入江版2話は薄いとしか言えないんですよ。記号的と言われれば、原作よりこっちのほうが当てはまるくらいで。

原作はちゃんとコマがあるんです。5巻157ページ。私、これで原作ファンになっちゃいました。たった6コマしかなかったけど、その中でお母さんと子供たちは確かに生きて笑っていました。だからページめくったらお母さんが倒れててびっくりするわけです(ほんっと構成が上手い)。だから、おかあさんの笑顔が見たいという兄弟の切なる願いが伝わってくるんです。「母さんが褒めてくれる」あたりのセリフがなくても、絵で伝わってくる。コマを見ていくにつれ、読んでるこっちも気持ちが高ぶってくるのです。

それを省かれちゃって・・・これは絶対後で使うに違いない!と思わないと正直やってられない、とも思いました。

でも、そうあってほしい。
オープニングが・・・あまり評判よろしくないようですが・・・期待させるんですね。


私もウィンリィは未来の象徴だと思いますよ。拙ブログでは以下の記事です。
http://kagirinakumugen.blog107.fc2.com/blog-entry-490.html

入江版は細部にこだわりがあるというのも同意見です。が、ですが!感情移入しにくいのがちょっと・・・残念ではあります。なんだか掴みが弱いんですよ。原作を淡白に追っているせいか、心にぐっと来るものがない。兄弟がこういうことやりました、で終わってしまい、ああ兄弟可哀想だったねえがんばってるねえとは思えないのです。なんでって母親との関わりの描写が薄いから。それが残念かなあ・・・

NAME:ともえあや | 2009.04.30(木) 00:14 | URL | [Edit]

 

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