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Mon
2009.04.13
01:33
 
本編を3回くらい見返して、その間に原作5~6巻を読みなおして、水島版第3話を見て~ということを繰り返しておりました。


以下原作ネタバレありです。


 

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そして4回目を見て、あげくにしつこくトリシャさんのところをリピート。本当に鷹森さんだったよ・・・(嬉)
前とほぼ同じセリフだったのですが、言い方が変わってましたね。
水島版では、「やっぱりあの人の子ね」と子供たちに夫の影を重ねて自分に言い聞かせるように。今回は「さすが父さんの子ね」と父親の持つ錬金術の才能を受け継いだ子供たちに感激して朗らかに。二つのパターンが聞けて嬉しかったです。そして、鷹森さんの声で、エドとアルを「エド」「アル」と聞けたのも嬉しかった。水島版では「エドワード」「アルフォンス」と妙に丁寧な口調で喋っていたのが気になっていたので。

ただ欲を言えば。
原作にあるような、兄弟と母親の何気ない日常を止め絵でもいいから見せてほしかった。ずいぶんとあっさりしてたような印象になってしまい、人体錬成というアイザック曰く「錬金術師最大の禁忌」を犯す動機である母の死が、一過程になってしまったような。

原作の「おかあさん おかあさん おかあさん」という連続して母を呼ぶ、あのページを見て私は鋼の錬金術師ファンになったので、それはもう思い入れが深いわけです。なのでそこが端折られてしまったような気がして残念でした。お母さんが大好きだったからこそ、人体錬成がいけないことだと分かっていながらも「二人だけのひみつ」にする。ここのあたりは描写ではなく説明セリフ頼りだった感があります。

今回は、どちらかというと、事実だけを淡々と描写した~という感じでした。ダイジェストっぽく見えたのはそのせいもあるんじゃないかな。まあ、事実ある程度取捨選択(悪く言えば端折られて)されていますが。原作や水島版を知っている前提で見てしまうと、どう見ても端折られたような感覚に陥ってしまうのです。事実、大佐が兄弟を30歳すぎの青年と勘違いしてスカウトに来た~というところもカットされていましたし。自分が「知っている」あるいは「見たい」部分がないことで、ないことへのもどかしさが返って場面と場面の断絶を生んでしまう。つまり、思考が止まって次の描写への「流れ」を読み取ることを怠らせてしまう・・・アニメというか映像媒体の描写は流れて行くのが当たり前なので、その時点で追いつかなくなってしまうのです。

今回の演出によって得られるのは早い物語展開と、分かりやすさ。
母が亡くなり、修行を重ねて、結果的に人体錬成をして失敗し、突然現れたマスタングによって国家錬金術師の存在を知り、大総統の目の前で錬成をやってのけ、「鋼の錬金術師」の銘を頂く。ひとつの話でエドとアルの過去話をイズミとのエピソード以外を全部やってしまうことで、早くも2話にして視聴者が兄弟の基本設定をおさえることができる。そして次からは説明なしでエドとアルの物語が改めてスタートする。だからサブタイトルが「はじまりの日」なのだ。

でもまあ見たかったのは件の兄弟の母に対する想いがのっかった箇所なのでとっても残念ではあったのですが、何度も繰り返して見て行くうちになんだかそれはそれでありのような気がしてきました。
極力母親・・・過去の湿っぽさをぬきにしたという印象。死んだ母は、過去の象徴ですし。
もっといえば、原作にないウィンリィとの会話を挿入することで、母ではなくウィンリィとの関係性を深めたような気がします。ここはむしろ母との関係性を深めた水島版との違いを特に強く感じました。二つのアニメの方向性の違いにわくわくが止まらないよ!すっげ面白い!

そういえば、原作5巻155ページにあるトリシャの「父さんが帰ってきたら怒るわよ」がなぜ省かれていました。トリシャにとってホーエンハイムが帰ってくるのは当たり前の事だったはず。なのに省かれてしまったのはなぜか。
母が死んだあとに「あんな奴父さんじゃない!お母さんのお葬式にも帰って来なかったんだぞ」という(水島版でも聞いたような)エドのセリフが入ったことで、父親を嫌う動機がこれまたわかりやすく視聴者に提示される。ただ、エドが父に対して怒っているのは「葬式に帰って来なかった」だけじゃない。トリシャの上記のセリフがあると、まるで兄弟の父親が(現実と混同して)長期出張中とでも感違いしてしまわないだろうか。
トリシャのシークエンスが超短かったんだから、そもそも描写が全くない兄弟の父親がどんななのか、何をしているのかが全然分からない。視聴者に、<エドは父を嫌っている>ということを提示するために「あんな奴は~」と入れるのが外せないのならば、トリシャの「帰ってきたら~」は削るしかない。だって、兄弟の父親は「普通の」父親ではないからだ。トリシャにとってはいつか帰ってくる人であっても、兄弟にとってはいつ帰ってくるか分からない人。エドの「いない人にどうやって習うのさ」というセリフとともに、父がエルリック家にいなかったことがより強調される。父親に「謎」が生まれてくる。

最初はなんでセリフを削ったんだ!と憤慨してたんですけどね。いろいろ考えると納得いきました。



しつこく何度も繰り返してみたけれど、じわじわと面白さを感じてきます。以前のような一発でどかーんと来るようなものはないけれど、なんだか深いところでキタような感じ。
ただやっぱりトリシャのところもそうだったけど、マスタングとリザの書類不備も見たかったなあ。

それにしても、イズミの顔がはっきり出たのを見て、意図的に隠すという小ネタは仕込まずに真っ向から出してくるのはある意味すごいなと。

アニメ誌で真理くんの声のエピソードを読みましたが(朴さんと釘宮さんが喋った同じセリフを加工して使用しているとのこと)原作を読んでるとにやりとしてしまいますね。


今回の話の特徴は、Aパートはエドの回想がメイン、Bパートは大佐の回想から入り途中から再びエドの回想へと切り替わるという点。もっとも完全な回想というわけではなく、エドや大佐の知りえないウィンリィやリザのものもあったり。エドはリオールへと赴く途中。大佐はヒューズとの会話から派生して。どうでもいいけど大佐とヒューズの会話はダブルオー視聴者的に面白かったです。前は敵同士だったのに。

ウィンリィの高本さんの声は期待通りでした。気の強さが薄まった印象。でも頑張ってる!って感じがすごく出てた。頑張れ高本さん!
リザの声は全く違和感なし。こちらも気の強さが薄まった印象。凛とした前回と違って、今回は弱さを見せていくのかな?

あと、今回は音楽が印象に残りました。冒頭で車いすに乗ったエドが賢者の石について調べるところと、エドが機械鎧をつけてアルと組み手をするシーン。同じメロディを使ってて後者がメインであるとすれば前者はアレンジバージョンかな。サントラがかなり楽しみです。ていうか、組み手のシーンで「ブラーチヤ」がかからなかったことに不思議な感じを覚えてしまいました。ここで改めて気付くのです。これは、入江版なのだと。ついでに今日が日曜だと。土曜じゃないんだと。

家弓さんのナレーション聞いてると、「世界ふしぎ発見」を見てるような気分に陥るんですが(笑)
こうやってナレーターが配置されると、物語をより客観的に見ることができますね。予告もそうだし、こういう手法も面白いなと思いました。

展開がものすごく早いです。とにかくダイジェストにならないことを祈ってます。原作どおりだろうが違ってようが、水島版がどうだろうが、とにかく入江版「鋼の錬金術師FA」というひとつの作品として見せてください!
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テーマ * 鋼の錬金術師 ジャンル * アニメ・コミック
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Comment
 

こんにちは。
お初にコメントさせて頂きます。
私も前アニメのDVD引っ張り出して、前アニメ・今回と何度も見直してしまいました。
トリシャさん役の方、演技前回と全然違いますよね。
前回は、訳わからずホーエンハイムに置いていかれて、淋しい感じがいつも漂っていたトリシャさんですが、今回は明るいですよね。
ホーエンハイムの事情を理解して、約束を待っているっていう雰囲気がすごく感じられました。
今回はちゃんとトリシャさんも部外者じゃないんだなって。声優さんってすごいです!

今後の展開、楽しみです!
そういえば、OPの冒頭部分、ともえあや様の解説を読んで、もう一度見直して、改めて感動しました!
素敵な解説、ありがとうございます!

NAME:dogpow | 2009.04.14(火) 12:43 | URL | [Edit]

 

こんにちは。

水島版と原作はぱっと見た感じ全然違う物語ですが、実は結構ネタばれしている部分があると思ってます。たとえば原作17巻のホーエンハイムのセリフ「化け物が伝染ったら困る」の「化け物」が水島版では「腐った肉体」に置き換えることができるし、原作も水島版もトリシャが少々変わった夫を受け入れていたことも一緒なんですよ。アニメではセリフこそありませんでしたが45話「心を劣化させるもの」で腐った肉体を隠そうとしたホーエンハイムの手を優しく見つめた~というシーンがありました。
ただそこから、ホーエンハイムが出ていった理由が原作ではトリシャや子供たちとともに生きるため、水島版ではトリシャや子供たちから逃げるように出ていったと全く逆方向に進んでいて。そう思えば同じトリシャでも旦那に対する態度が自ずと違ってくる。入江版2話のセリフは、原作と同じ展開だからこそトリシャは水島版のような、部外者というよりは「自分は夫がどういう経歴を持っていても受け入れているのにどうして一緒にいてくれないの?」みたいな寂しい感じはなく、「普通に帰ってくるわよ」と確信してるような明るい感じになったんでしょうね。

トリシャ役の鷹森さんに対して、そこらあたりの演技指導もあったのではないでしょうか。同じ方が同じ役をやってもこうも印象が違って、前とは別なんだと思わせてくれる。本当に声優さんってすごいですよね。

私的にはいろんなトリシャさんが見れておいしいのです(笑)

OPの解説はこれまた深読みですが・・・こちらこそ読んでくださってありがとうございます。あのOPは、エルリック一家好きにはたまらないものなんですよ!

NAME:ともえあや | 2009.04.16(木) 00:47 | URL | [Edit]

 

またまたコメント失礼致します。
水島版でネタばれ・・私も感じました。
全く一緒じゃないんですけど。

私がアニハガ見たの、2007年秋と随分遅く、原作はその後に読んだので、更に遅いのですが、アニメは途中からオリジナルって聞いてたので、スカーがリオールの街を錬成陣にしちゃうとことか、アルが賢者の石になっちゃうとことか、オリジナルでここまでのストーリー作るなんてすごいなって鳥肌が立つほど感動したんです。

でも、原作読んでから、ああ、ちゃんと元ネタはあったんだなって思いました。
微妙に違いましたがけど・・・
なので、ホーパパが賢者の石って知った時は、あまり驚けなかったのでそれはちょっと残念な気もしましたが・・・

トリシャさんのことはそこまでは気付かなかったかな・・・?
コメント興味深く読まさせて頂きました!

これからも楽しみにしてます!

NAME:dogpow | 2009.04.16(木) 12:39 | URL | [Edit]

 

こちらこそよろしくお願いいたします。


私の場合、原作に手を出したのが2004年4月号(ドラマCDが付録についてました)で、ちょうどリンやランファンが初登場でした。水島版自体は1話から見てるので、原作を読んだ当時はあまりの物語の違いにびっくりしたものです。・・・ぶっちゃけマンガの方がおもしろーいとか思ってましたが(苦笑)、あまりにも物語が違っていたおかげなのか、マンガはマンガ、アニメはアニメで別物として楽しめました。

こんなふうに当時こそ全然違うと思っていましたが、原作が進んだ今にして思えばネタがかぶっていたり、綺麗に真反対に状況が進んだりするのを見ると、なんだかアニメ見ていたからこそ楽しめるものがあってにやっとしてしまいます。
まあ、だからこそあまり驚けないこともあるかもですね。

トリシャさんの件は完全深読みです(笑)
希少価値のあるトリシャファンとしてはちょっとでも出番があるところはどんな表情も見逃さないように食い入るように見つめてしまうのですよ・・・

コメントありがとうございました!

NAME:ともえあや | 2009.04.17(金) 23:06 | URL | [Edit]

 

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