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Wed
2006.05.17
20:32
 
視聴後放心状態になったのはガンダムSEEDの最終話以来だけど、大量虐殺の描写が気持ち悪くてショックだったのに比べて、鋼の場合、心にずしんと何かが来た。精神的に辛かったのがこの話です。 

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鋼の錬金術師 第7話『合成獣が哭く夜』

本放送時、前の予告の段階でいや~な予感はしてた。エドの声、画面のニーナ、ほのぼのとした曲ではあるけれどなぜか物悲しく聞こえるBGM・・・。絶対ニーナが死ぬ!って思った。タッカーの様子もおかしかったから、タッカーが殺すんだろーなーってことも分かってた。でもまさか、自分の子供を合成獣にしてしまい、挙句の果てにニーナがスカーの手であんなふうに(ぐろかった・・・)殺されるとは重いも寄らなかった。見た後に、あそこまで鬱になったのはそうそうない。

前回はエドの罪悪感の描写が大半だったのに対し、この回はタッカーの苦悩の表情が主だった。査定を通らなければならなかったのだ。結局それはニーナたち<家族>のためではなく、自分の研究欲のためだったのだけれど。それも、ニーナ錬成はエドの国家錬金術師資格試験の合格が直接的な引き金になっているのだから、エドにとっては皮肉だ。自分より年下の、それもたった12歳のガキが試験に合格。それに比べて自分はなんてダメなんだ・・・でも、天才の子供を超えることができるとしたら、自分の研究・合成獣錬成しかない、それを試すしかない、子供に負けたくない・・・。なんか、タッカーの気持ちもよくわかってしまうんだな、これが。でも合成獣にまでしてしまうのがタッカーの狂気。この部分は分かるはずがない。なんでだよ、このヤロー!!

第6話の出産のエピソードの対極的な場面だって思う。出産は錬金術ではなく自然の流れ。(大概)望まれて生まれてくる。でも合成獣(それも人間を使ったもの)は錬金術による自然の摂理に反したもの。望まれているかといえば、決してそうじゃない。タッカーはニーナ合成獣を自分の子供として愛するだろうか。絶対に違うだろう。あくまで研究結果にすぎないのだ。

この回の朴さんの演技が秀逸。特にニーナ合成獣に「もういいよ・・・」と言ったところ。精一杯お兄ちゃんらしく幼いニーナに振舞おうとしているけど、ニーナの合成獣化にショックを受けている様子がすっごい良く表されている。もうひとつが泣く演技。すごいよ朴さん!

俺たち錬金術師は・・・こんなこと・・・違う!俺は・・・俺は・・・俺は!

タッカーは母を錬成したエドの気持ちが分かるという。エドはニーナを合成獣に錬成するのは目の前にある可能性を試したいからと言うタッカーに違うという。会話の歯車が噛み合っていない。片や自分の行為が同じという、片や自分の思いが違うという・・・。

『疾走!機械鎧』の回で機械鎧に対する思いの差が描かれていたけれど、今回は錬金術について。なんていうか、なんとかとハサミは使いようっていうのと一緒だと思うんだけど。普通に使ってれば問題はないんだけど、それを人を殺すために使おうとする時点でおかしなものと化す。ていうか、使う側の問題。それも全員が全員同じ気持ちであるというわけでもない。
そもそもエドだって、母を錬成しようとした時点ではタッカーとさほど変わりはない。いくら幼かったから母への思慕の念が強かったと言い訳をしてみたところで結果は一緒。厳しいけれど。
エドは自分は違うって思いたかった。そうすれば自分が救われる。罵ってくれる人はいないのだから。本来自分を罵ってくれるはずのアルは、逆に自分を気遣ってくれている。だからこそ、罪悪感が一層増えていくのだけど。アルが気遣ってくれるほどの自分は、タッカーなんかと違う!これってとんだ思い上がりだって今なら思う。放送当時はエドかわいそう~なんて単純に思ってたけど。もちろんエドがまだ子供だったから、汚い大人と一緒と思われたくない!という部分も絶対あったはず。本人は大人のつもりでも。

もっとも、後にちゃんと理解してるのがエドの凄いところ。それも次の回で。

エンディングがいつもと違う特別バージョンなところに、スタッフのニーナや荒川先生に対する敬意を感じます。

鋼の錬金術師 第8話『賢者の石』

このエピソードは賢者の石を追い求めるきっかけが描かれている。
大総統がいい人っぽく描かれているのも興味ぶかい。それも賢者の石に近づけさせている。そのあと○○○のために○○○○るんでしょ?結局この人の正体は・・・

むりやり納得してでも進め!というロイの台詞。エドに克つを入れるとともに、ヒューズに克つをいれられなければ前に進めなかったかつての自分を思い出しているかのよう。でももうちょっと言い方があっただろうに、こういう言い方しかできないあたりロイの不器用さとでもいうか。
おかげでエドはすっかりひねくれてロイの命令も聞く耳持たない。まだ前回ラストのように、自分はタッカーなんかと違う、自分は自分でなんとかできると思い込んでるから。

ウィンリィ登場。なんか第7話の殺伐とした話を見たあとだったら、なんかほっとする。

バリーに苦しめられるエドが本当につらそう。朴さんの演技がまた切迫感があってよい。
原作エドだったら、きっとバリーと戦ってただろう。最初からレベル100なんだし。ここらへん原作派の方たちは違和感があったのでは。もっとも、方向性の違いからエドが12歳の時点では弱かったと設定しなおされているんだろう。アニメは<少年の成長物語>なのだ。

バリーを殺しかけるエド。アルのおかげで事なきを得る。
エドは人が人を殺すのは特別な出来事だと思っていた。ニーナを合成獣にしたタッカーも、奴が特別におかしい人間だからあんな行為をしたと思っていた(だから<思い>が違うと言い張った)。なのに、自分は恐怖で思わず殺しかける。もしあのときアルが止めていなかったら?アルが生身だったら?
そしてこの台詞。

誰かを救えると思っていたなんて、とんだ思いあがりだ。

本当の俺たちは、悪魔でも、ましてや神でもない・・・人間なんだよっ!ニーナ一人救うことの出来なかったちっぽけな、人間だ・・・

救えると思っていた・・・とは、合成されたニーナを元通りに錬成しなおそうと一度考えた行為を言ってるんだろう。自分ならできるかもしれないって。
成長するための一つ一つのエピソードを丁寧に作るやり方って、とてもわかりやすいって思う。国家錬金術師になることで増長していた部分もあったエド(それはニーナ再錬成やロイに対する出世うんぬんの思い込み、そしてタッカーに対する思いの違い)。自分は何もかもできると思い込んでいたエド。でも、ニーナの一件がエドに徹底的な挫折感を与える。何もできなかった。・・・。なら、どうすればいい?なら自分には何ができる?二度とニーナの悲劇を繰り返さないためにも!こういうことをエドが挫折感から這い上がるために考えるようになる。一歩ずつ大人に近づいていく。
やっぱり、鋼は優れた成長物語だ!

よし!
Sony Music Anime Fes'06まであと25日!!
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