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Tue
2015.02.10
00:14
 
バイオマンは1984年、チェンジマンは1985年。
30年前のネタが平気で出てくるのが素敵w

以下ネタバレ感想

 

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いかなる環境下でも慣れてしまう。
慣れ、というものの概念をテレビ番組と世の中を同列に扱う強引さはともかく。

そんなもんだと諦めてしまうか、悟って受け入れるか。
かつてのヒーローは戻ってこない。
昔は良かったのに、なんていう思いもそこに入っているだろう。

ヒーローというよりは、どちらかというとはた迷惑な立場だった真選組をヒーローなんて例えるなど、異三郎は何げに何かしら夢見てるっていうか理想があるんじゃないかとちょっと思った。ぶん殴られた喜々を写メっていたり、職務を遂行はしていても忠誠心はまるでないよね。なるほど傍観者を気取るだけあって心はそこにはない。

ヒーローはここにいる

ヅラの言葉が面白かった。時代は変わっても、当の本人はいなくとも、名前が替わったとしても、継がれる意思がある限りヒーローはそこにいる。「ブリーフ姿のお客様が皆様にと」掲げられたんまい棒とはつまりそういうことだ。かつての将軍茂々と桂がその想いの上で繋がっている、と。

で、今回のラストシーンでは桂が真選組局長たる近藤に共闘を申し込む。
これはひとつのカタルシスだよ。記憶喪失になって友達っぽくなった九ちゃんとの合コン話だって、ほかのもろもろのエピソードだって、彼らが立場が異なれば親友になれた可能性があったことを十二分に示してきた。でも立場は今のままだとしても「国を護りたい」という同じ想いの上では共闘できるって、今までの描写の積み重ねを思えばものすごいカタルシスだ。

歴史小説が好きな空知さんの理想の世界でもあるのかもしれない。
新撰組と攘夷志士は、物語の上ではどちらかが悪役にならざるをえないわけだから。

まあその明確な仇が少々バカ(というか分かりやすい悪役)だが、もうひとつの勢力である天導衆に対してもどう動くのかが気になるところ。桂の「夜明け」というキーワードも気になります。

いやあ面白かった。桂ってかっこよかったんだな(改めて)。
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