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Mon
2014.03.03
21:49
 
ゴリラこと近藤さんと今回の「猿公」「太陽神」を絡めることで、翻って近藤さんは太陽みたいな人を目指しているし、身近な真選組の連中にとっては太陽みたいな存在だ・・・

今まででそんなことわかってたんだけど、改めて、近藤さんって格好良いですね!!!
ストーカーだろうがゴリラだろうが、だからこそ近藤さんは慕われる。
近藤さんに打算なんて全くなくて純粋で、思うがままに行動するからたまにねじ曲がりそうになってしまう。
でもそれを正してくれる人がいる。信じてくれる人がいる。

道を違った人を理解しようとしつつ自らの職務を果たすことができる。

いや本当に、近藤さんて格好良い。
銀魂の男性キャラは駄目さばかりがクローズアップされてはいても、彼らの根底にあるものが馬鹿がつくほどまっすぐなおかげで、駄目さがむしろ魅力にすらなってしまっている。
(根底にあるものがグダグダなものに魅力なんて感じないよ)

そんなふうに近藤さんがとても素敵な本編ネタバレは下から。

 

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「誰かがねじ曲がれば他の二人がぶん殴ってまっすぐに戻す」
「だから俺達は永遠に曲がらねェ。ずっとまっすぐ生きていける」
(16巻ミツバ篇より)

警察か泥棒の弟子か。
「どちらでも好きに選べばいい」なんて言いつつも、絶賛迷い中の近藤さんを目の前にしてすら、ならば近藤さんがどの道を選ぶかを信じていたんじゃないのかな。自分が警察だからどうこうというより、そして精神的にどうこうというよりも、「泥棒」自体はねじ曲がっている存在でしかない。それは「正さなければならない」。だから捕まえなければならない。
最期くらい安寧に~なんて言う近藤さんに対し、「アンタがそれを言うのか」と返した土方の言葉は、ミツバ篇で近藤さんに八つ当たりをした沖田をぶん殴った近藤さんみたいでした。猿公らを追うパトカーの車内でも土方のモノローグは、近藤の気持ちを理解しようと必死に勤めていたんだろう。「アンタがゆくなら俺は・・・俺達は盗賊団にだって何にだってなる覚悟はできてる」・・・だからといって、本気でそれをするつもりなのか?違うだろう。双方に対した違いがないのならば、どっちを選ぶのか。むしろ大事なのはそっちで、理解しつつも、近藤がこういう時にどちらを選ぶ男か信じていたんじゃないかな。

彼らはこうやって互いのねじ曲がりを正して、正されてきた。結果、近藤は「警察」としてかつての師匠の前に現れる。今度は自分が他者のねじ曲がりっぷりを正す番だから。

差し出したのは冷たい手錠ではなくあたたかい手。「太陽」という言葉はそのあたりにもかかってる。眼前の敵を一掃し、かつての師匠の手をつかむことができるような強い手でありながら、いざ師匠を目の前にすると非常になりきれない弱さも感じられる良い場面だと思った。

かつての鴨太郎の一件同様、どうしても迷いが出てしまうのはご愛嬌。であるからこそ血の通った人間だと思える。近藤さんの人生は、幼い頃からその繰り返しだ。
そして正してくれる人間がそばにいてくれる安心感は、結局のところ彼自身の生き方から得たものなのだろう。


真選組、というか近藤さんの人となりがこれでもか!と強く描写されていて、なんだかとてもとても感慨深かったです。
これ、アニメで見たかったなあ。
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テーマ * 銀魂 ジャンル * アニメ・コミック
Category * 銀魂@WJ
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