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Sat
2013.04.27
20:38
 
ジャンプは時々土曜に出るから気をつけろ。
そして次が長いわけです。
が、あと少しで49巻発売!
表紙は幾松さん。

銀魂―ぎんたま― 49 (ジャンプコミックス)銀魂―ぎんたま― 49 (ジャンプコミックス)
(2013/05/02)
空知 英秋

商品詳細を見る


ジャンプ本誌では、49巻と同時発売「アニメ銀魂キャラクターズブック凸本」「~凹本」の広告もありました。
表紙は描きおろし銀さん!
凸はともかく凹の銀さんが妙に大人しくないですか。
内容は以前発売されたキャラクターズブックと同じ形式なんでしょうね。
前日に発売されるジャンプNEXTではアニメポスターと空知さんのインタビューもあるそうですし、関連書籍がいろいろと発売されて嬉しい。

と、そんなときのジャンプ本誌ネタバレ感想。

 

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この話大好きっ!

「母ちゃん」という存在が彼女たちの経験によるものではなく、どこかで見た「型にはまった」ような母ちゃん像になっているのがミソなんだろう。今現在元・御庭番だった事以外は何も語られていないさっちゃんを含めると、誰一人として<普通>の子供時代を送っていない。だからツッキーの言う「普通」にしても、誰かの受け売りにすぎず、どんなものかが分からない。皆してそんな調子で、あれやこれや奮闘する。

「弁当」というものは、子供の腹を満たす意味と、子供への愛情・・・そんな単純なものだけではなく、子供同士の見栄の張り合い(弁当そのもの、あるいは弁当を作る母親の存在)、ひいては母親同士の見栄の張り合いなどなど、いろいろめんどくさい。

結局は、たとえ子供の世界だろうが意地と見栄の張り合いの場。たかが弁当とはいえされど弁当。「普通」とは、その微妙なバランスの元存在する。
故に「普通」とかけ離れてしまうと「恥ずかしい」。
そして、「普通」の天秤がどちらに傾いてしまったとしても「鼻につく」・・・人間のどうしようもない性だ。
子供が満足することと、キャラ弁なり豪勢な弁当なりで親が自己満足していたとしても、それでもって天秤がバランスよく釣りあうとは限らない。流行のキャラ弁というのは結局天秤が釣りあう手助けの手段(ツール)でしかないからだ。うがった見方をすれば、素晴らしいキャラ弁を作るお母様が子供にとって良いお母さんである事と果たして等価なのかどうか。

豪勢な弁当は恥ずかしいけど、流行りのキャラ弁ならいい~というのは、結局そういうキャラ弁を持ってくる他の子が存在するから「普通」の範疇にあるってことだろう(何せ流行りだから。たとえばアニメのキャラ弁なんて、アニメ嫌いの者にとっては冷やかしの対象になってしまう、そんなさじ加減かもしれない)。「普通」の範疇から越えた晴太のキャラ弁(クナイ入り)は当然受け入れられなかった(危ないという「普通」の理由でw)。

「普通」のさじ加減がわからないもんだから他の人に聞きはしても、聞いた相手もわかっていないもんだから、結果的にあれやこれやいろいろ試してみるハメになるわけだ。「普通」ってムズカシイ。

そんな「普通」に対し、<母親のいない>子供のいずみちゃんが<自分でお弁当を作り>、見た目が潰れた弁当でもそれを食べられる事が幸せだ~というのは、「普通」をこだわりすぎる事への皮肉なのかもしれない。結局は見た目とかじゃなくて、「誰かが」「誰のために作るのか」であり、それを持たない者にとっては喉から手が出るほど欲しい代物だったりするわけだ。・・・たとえ血の繋がりがなかったとしても。
もし母親の後姿を見て「分かってる」んだったら、周りからなんていわれようが堂々としたらいい。晴太が気づいたことも、いずみちゃんがたとえ兄から冷やかされようが晴太を誘うのをやめなかったのも、つまりそういうことだ。そしたら「普通」にこだわらなくても周りが自分を受け入れてくれるかもしれない・・・。堂々としてれば周りが受け入れてくれるかといったらそういうわけじゃないけど、いずみちゃんのように分かってくれる人はどこかに存在するかもしれないんだよね。


必要なのは互いへの思いやりと相互理解。一方通行では得られないものが「弁当」を通じて描かれる。


皆優しいのが良かった。ツッキーやさっちゃんたちは当然、いずみちゃんの兄が、最初そうと明かされる前に登場したのも良いですね。ただの冷やかしじゃなくて、彼もいずみちゃんと同じ立場で本当は「分かってた」。分かっててもつい出てしまう冷やかしは、あとで読み返すと愛情に思えてくるから不思議(ラストのアレがなければ、ただのイヤミなガキだ)。

晴太の弁当騒動は、たとえ奇抜であったとしても、そういう周りの「理解」もあることも忘れてはいけない。
お互いの「理解」というものが、弁当と、その時間を楽しくさせるものであり、晴太もまたそれを分かってるというのが後味が良い理由でもあるだろう。日輪の豪勢な弁当を最初は恥ずかしがっていたくせに、分かってくれる人がいたと知ったとたん、豪勢な弁当に拍車がかかっていたとしても堂々としていたのが印象的でした。

しかもそれだけじゃなくて。
かつて強力な支配者鳳仙の下、子供を育てることすら大っぴらに出来なかった時代(吉原炎上篇)を経て、今こうして(それこそ他の人にとっては「普通」でも)正々堂々と子供を育てることができる、それに対して外部からあれやこれやアドバイス(になってなかったとしても)してくれる人がいる・・・それがとても幸せに見えました。

で、たとえ愛情たっぷりの母ちゃん弁当でもマズいもんはマズい(笑)。お妙さんのダークマターへの反応はつまりそういうことで、今はああやって叫んでいても、あとからむしろ「いい思い出」になったりするんじゃないかな。完璧じゃないからこその「良さ」なんだと思ってる。

そういう意味で、本当によい話だなあ、と。
いずみちゃんとその兄貴は良いキャラなので、なんらかの形で再登場してくれると嬉しいな。

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テーマ * 銀魂 ジャンル * アニメ・コミック
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